チャーリーの過去③ 決行
翌朝。秋という事もあり、この日は霧が出ていた。出歩けないほどの濃い霧というわけではなかったが、少し見通しは悪い。
チャーリーはすでに昨日少女の後をつけて突き止めていた。
それほど大きくはなかったが、造りはしっかりとしている。拉致するなら家に侵入するよりかは、外で出歩いているところを捕らえるべきだ。
捕らえて連絡をしさえすれば、キラーの方からこちらへ向かう手はずだ。俺の仕事は捕らえる時点まで。準備は整った。昨日は見逃したが、今日はもうその理由はない。
ただ、穂花の家の近くは人目が多い。住宅街だから当然ではあるのだが、流石にここで捕らえるわけにはいかない。
穂花は普段、そのの空気を吸うためによく散歩に行くと言っていた。昨日老人を助けた後、穂花自身が言っていたことだ。本人にとっては口を滑らした程度のことだったのだろうが、それで十分確信は持てた。
まず間違いなく、穂花は今日出歩く。霧はあるが、気温的にはかなり心地いい。それに、あの足の遅さ。運動音痴といえばそれまでだが、何か他にも持病があったりなど、理由があるような気がしてならない。何せ、あの性格だ。とても部屋の中で一人でいるような柄ではない。となれば、外の空気を吸うというよりは、どちらかというと体を動かすのが目的、といったところか。
チャーリーの考えは的中した。
穂花は案の定、小さな鞄を持ってどこかに出かける。
人目や防犯カメラがないポイントはすでに下調べで把握してある。あとはそこに穂花が来たタイミングで気絶させるだけだ。
霧のせいであまり距離を開けすぎると見失いそうになる。
少し近寄ろうとしたその時だった。
「すみません、少し手伝ってほしいのですが、よろしいですか?」
穂花に、謎の男が話しかけている。様子を見ると、どうやら初対面らしい。とはいえ、お人よしの穂花のことだ。どうせなんの躊躇いもなく手伝いに行くのだろう。
ほんの一瞬。ほんの少し目を離した。
―バチチッ
電撃の音がする。こんな場所で?
何の音かは穂花の方を見ればすぐに分かった。二人の男が意識を失った穂花を車に運び込んでいる。
「おい、お前ら……!」
俺の声はそいつらには届かず、手際よく車を出し、あっという間に俺の視界から消えていった。
どうする、警察には頼れない。そもそも偽のパスポートを使ってこの国へ来ているんだ。少しでも怪しまれるリスクは避けたい。それにあの手際からして、かなりの手練れだ。警察が動いたところでそもそも見つけるだけで、数日はかかる。かといって、この国には来たばかりだ。知り合いがいるわけでもない。
ふと我に返り、俺は自分で自分の頬を殴る。
考えすぎるのは昔から俺の悪い癖だ。やるんだ。俺が今出来ることを……!
「おい、今日は誰を連れてきたんだ?」
「この子ですよ。痩せ気味ですが、綺麗な顔してるんでね、売れはするでしょう。」
「ほう、そいつはいいな。」
欲望に満ちた男たちの声に、私は意識を取り戻す。床に刺さった鉄筋をはさんで手首が縛られているせいで、身動きが取れない。どこかの建物の中なのか、声が響く。
「おっ、気が付いたか。」
男の一人が、穂花に巻かれていた目隠しを外す。
暗すぎてはっきりとは分からないけど、5人の大人の男性がこちらを見ていた。
「抵抗はするなよ?下手したら本気で死ぬかもしれねぇからな。」
「おいおい、何言ってんだ。抵抗してもしなくても、地獄を見せるのに変わりはないだろ?」
「それを言うなよ、せっかくまた希望から絶望になる表情を見れると思ったのによ。」
そう言って、バチバチと電気の刃を見せつける。
口は布を巻かれて、両手首と両足首はロープで縛られてる。さっきのはスタンガン?体の震えが止まらない。それがスタンガンのせいなのか、この少し肌寒い室内のせいなのか、それとも恐怖のせいなのか、自分でもよく分からない。
どうしてこうなったんだろう。
「自分がしてもらって嬉しいことは、他人にもしてあげなさい。」って、お父さんは言ってた。私はそれに納得したし、実際にやってみたら何だか心が温かくなった。でも、やっぱりいい人ばかりじゃなかった。こんな風に、悪い人たちもいる。
私、間違ってたのかな。私が今まで誰かを助けてきたことは、全部間違いだったのかな。
でも、昨日のあの人は優しい人だったな。きっと、私があの場にいなかったら、あの人は老人を助けてた。確かに面倒くさそうな顔はしてたけど、手伝うとなったらその眼差しに迷いはなくて、すごく真剣だった。
きっといい人だったんだろうな。どんくさい私を見ても、笑わなかった。
……また会いたかったな。
視界が潤む。どうせもうすぐ止まってしまう心臓。恐怖なんて感じる必要はないはず。私自身、自分の命なんてもうどうでもいいと思ってた。
それなのに、今になって命が惜しくなる。もっと話してみたかった。不器用でも、あんな風に優しさを感じさせてくれる人は久しぶりだったから。
こんなこと言ったらまたウザいって思われちゃうかな。でも、最期くらいいいよね。もう、二度と会えないんだから。
その時、空気が破裂するような爆音が建物の中に鳴り響く。
「どうした!?何があった!?」
「早く明かりをつけろ!」
あちこちから声が聞こえる。ここにいるのは5人なんてものじゃなかった。多くて30人。少なくとも20人はいる。
あちこちに明かりがつき、建物全体が見えるようになる。
そこは体育館ほどの広さだった。でも、タンクやコンテナのような障害物や鉄骨がむき出しになっているせいで狭く感じる。
「よお、随分とお楽しみのようじゃないか。」
聞き覚えのある声。冷たいけど優しいあの人の声。
「誰だ!?」
リーダー格らしき男の人が叫ぶ。でもコンテナの上からしゃがんで見下ろす彼はあざ笑うかのようにこう言う。
「答える義理はない。それよりお前ら、分かってるんだろうな?俺の獲物に手を出したんだ。生きて帰れると思うなよ?」