穂花
翌日、レオはチャーリーと待ち合わせていた。いつもの喫茶店ではなく、ある街角の交差点。ここまで来ると少し人が増えてくる。
やはり人混みは苦手だ。誰もが俺に対して殺意を抱いているように見えてしまう。こちらを見る者も見ない者も常に警戒しておかないと不安でしょうがない。
相変わらず、チャーリーの服装は派手で、チラチラと興味の視線が感じる。
「来たか。調子はどうだ?」
「最悪だ。移動するならさっさとしてくれ。」
こいつ、いつも俺が目立つのが嫌いなことを分かってやっているな。チャーリーらしいといえばらしいのだが、気にしすぎているのか、その表情はどうにも寂しそうに見える。
「それで、今日はどこに行くつもりなんだ?」
「病院だ。言っておくが、あの凛花という少女がよく通っているところとはまた別の病院だ。」
「……おい、そろそろ教えろ。そこに一体何がある?お前は一体、俺に何を見せようとしている?」
「行けば分かる。今は黙ってついて来い。」
「勿体ぶるのもいい加減にしろ。それに、俺は別にお前に頼み事をしているわけじゃない。教えろと命令したんだ。なんなら、今すぐにでもお前の脳天を撃ち抜いてやろうか?」
目的が分からないことに少し苛立ち、レオは攻撃的な言葉で言う。
「……正直、お前には話したくなかった。迷ってしまうと分かっていたからだ。お互いにな。」
「どういうことだ?」
「あの凛花という少女の依頼人はすでに死んでいる。そして、ここにいるのは依頼主がなぜ少女の殺害を俺に頼んだのか、その根源となった人物がいる。」
驚きのあまり、俺は全く声を出せない。
今まで、依頼人に面と向かって会ったことは一度もない。それどころか、なぜそんな依頼を出すのかなんて、知る由もない。ましてや、依頼主がすでにこの世にいないなんて事は想像すらしたことはない。
それに、根源となった人物?何者なんだそいつは?
「分かったらついて来い。会えばお前も分かる。」
そうして向かったのは屋敷から直線距離でちょうど8キロメートルほどの病院。凛花の通っていた病院よりはやや小さいが、屋上からなら何とか狙撃も届くだろう。
チャーリーが手続きをし、レオ達はお見舞いという形で会うこととなった。
3階の病室。その部屋の扉は開いていなかったが、中の様子は他の入院患者を見ればすぐに分かった。末期がんを患う人や自分ではすでに歩くことすらままならないような人もいる。この辺りの患者はもう最期の時が近いのだろう。
チャーリーはゆっくりと静かにその部屋の扉を開ける。
そこで俺の目に飛び込んできたのは、一人の少女だった。
「穂花。具合はどうだ?」
「チャーリーさん。いらしてくださったんですか。」
チャーリーは声をかける。窓の方を向いていた彼女はその声に反応し、振り向く。
風に吹かれ、黒い髪が靡く。10代半ばだろうか。その顔立ちには、まだ子供っぽさが残る。凛花と同年代にも見えるが、少しやつれていているせいで、歳が離れているようにも感じてしまう。
黒い瞳でこちらを一瞬見つめるその少女に対し、「何かの間違いなのではないか。」という考えが頭をよぎる。
ベッドで横になっていたその少女は、大きく息を吐き、上体を起こして話し始めた。
「そちらの方は?初めてお見受けしますが……。」
「俺はレオ。チャーリーの……まあ、何だ、知り合いだ。」
「そうですか、初めまして。私は穂花です。こんな格好でのご挨拶となってしまい、申し訳ありません。」
「謝るな。状況を見れば分かる。楽にしていてくれ。」
まさかこの少女が根源?冗談が過ぎるだろう。こんなひ弱な少女が人に殺しをさせる原因になりうるはずがない。
そんなことを考えこんでいると、いつの間にかその少女は俺の目をじっと見つめていた。
「チャーリーさん。少し席を外していただけるかしら。5分程度でいいので。」
「分かった。何かあったらナースコールをしろ。俺もすぐに向かえるようにしておく。」
そういって、チャーリーは速足で部屋を出て行った。
「相変わらず、チャーリーさんは優しいですね。心が温まります。」
「……俺に何か用があるのか?」
「ふふっ、そんなに畏まらなくても結構ですよ。チャーリーさんが裏の社会の人間であることはすでに、本人から聞いていますから。あなたもそうなんでしょう?」
「……何の話だ?」
「とぼけても無駄ですよ。彼が私に嘘をつくときは顔に出ますから、裏の社会なんてものがあることはすでに確信しています。」
チャーリーの奴は何を考えている?こんな少女に自身の正体を明かしたところで、メリットなんて何一つないはずだ。
それに、裏の人間ということを信じられるこの少女も異常だ。
普通に生活をしていれば、小説や映画のようなフィクションの世界ではいわゆる裏社会の存在を想像することは珍しくない。しかし、想像することと実際に理解することは全く別の話だ。たとえ裏の人間自身に説明されたところで、冗談としか思わないはず。
「戸惑ってるようですね。安心してください。別に言いふらしたりなんてことは私もしたくありませんし。その代わりといっては何ですが、少し頼みがあるのです。」
「頼み?チャーリーにじゃなくてか?」
「彼には無理です。とても頼むことなんてできません。とは言っても、あなたにもかなり難しそうですけれど。」
諦めや恐怖を押し殺したような声。何か気が違えた事を言うと、予感がした。
「私を、殺してくれませんか?」
……衝撃的な言葉。何を言っているのか、理解が追い付かない。
殺されそうになって、命を乞うのならばまだ分かる。それは人として当然の反応だ。本能といってもいい。それは人であるなら誰しもが持っている考えだ。
だが、穂花は何といった?殺してほしい?訳が分からない。
「やっぱり、すぐには頼まれてくれないかしら。」
「当たり前だ。少なくとも俺は「快楽殺人鬼」ってわけじゃない。私情で誰かを殺したことなんて一度もないしな。」
「へぇ、やっぱり殺し屋だったんですね。安心しました。」
「あっ……。」
しまった。動揺してつい口が滑ってしまった。いや、乗せられたというべきか?
「大丈夫ですよ、私以外にあなたの正体に一目で気づく人はいないと思います。そのことも含めて、順番に説明します。もちろん、チャーリーさんが戻ってくるまでですが。」
「……ああ。そういう事なら、聞かせてもらおう。」
この時は、大した理由ではないと想像していた。どうせ子供の戯言だと油断していたのだ。
しかし、そこに逃れられない運命を知り、レオは胸を引き裂く思いをするのだった。