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異常者

 その夜、俺と桐谷は二人係で屋敷の様子を近くの路地から監視していた。

 桐谷が見せた映像に映っていたあの男。もし本当に殺し屋だったとしても、それほど実力があるようには感じなかった。線も細いし、歩き方だけでも隙が多い。

 もちろん、暗殺者という事であれば、弱く見せることはむしろ必要なスキルの一つだ。弱く見せることで、相手の油断を誘う、もしくは相手の警戒心を解く。そうすることで、相手の意識から自身を外し、暗殺の成功率を上げることが出来る。

 口で言うのは簡単だが、いざそれをするとなるとそう単純な話ではない。強くなろうと体を鍛えれば強く見えてしまい、かといって無理に弱く見せようと軟弱な体になってしまえば、それこそ返り討ちにあってしまう。全く逆の要素を両方持つのは簡単ではない。俺でさえ、完全には自身の強さを隠しきれていない。だが逆に言えば、その二つの要素を持ち合わせた者は手の付けようがない。

 

 あの男がその二つの要素を持ち合わせていなければいいのだが……。


「レオ、来たわよ。」


 男は顔はマスクで隠しただけで、上下ジャージで現れた。今は23時。こんな時間帯に出歩くのなら、暗殺者である可能性は十分に考えられる。

 

「よし、作戦通り、合図をしたら桐谷が奴の気を引いて、その隙に俺が背後から拘束する。いいな。」

「ええ、任せて。」


 俺たちは二人で街灯近くのカメラに映らないように尾行を続け、男が屋敷が見える曲がり角の側を通ったところで合図を出し、桐谷に先回りをさせた。

 俺たちは対角線上に男をはさみ、準備万端の状態で待機した。


 ここまでは順調だ。相手の行動も把握できているし、今からどんな行動をとったところで、この距離なら確実に凛花に危害を加えられる前に対応できる。

 

 だが、それでもなお、俺の中の嫌な予感は消えることはなかった。


 暗殺者は意表を突くのがセオリーだ。対象の注意を何かに引き付け、その隙をつく。反撃を許さず、一撃必殺を理想とする。


 いや、そうだ。何かがおかしい。いくら何でも()()()()()()。こんな夜遅くに来るのだから、屋敷に侵入するつもりだろうと決めつけていたが、それにしては軽装備だ。今日は偵察をするだけのつもりという事なら理解はできる。だが、それはすでにビデオにも映っていた通り、もうすでに済ませたはずだ。


 暗殺者は対象の注意を引き付ける……。その対象は、本当に凛花なのか?


 ふと、そんな考えが頭をよぎったその時、俺はとんでもない可能性を見落としていたことに気付いた。

 視線を男から桐谷に切り替えると、彼女の背後には大男が何の音も立てずに急接近していた。桐谷はまだ気づいていない。


「桐谷!今すぐそこから離れろ!」


 レオは急いで大声で警告したが、遅かった。大男は桐谷に後ろから殴り飛ばした。

 桐谷はレオの声に反応し、反射的に防御の体制を取っていたがそれでもボールのように吹き飛ばされ、道路を挟んだ反対側のガードレールまで吹き飛ばされた。

 桐谷の身体はガードレールに叩きつけられ、重く、鈍い音がした。


 おいおい、人間があんな風に吹っ飛ぶのかよ…?


 赤い水滴が桐谷の頭から流れ落ちる。


 たった一発でこの威力は冗談にならない。

 人間離れした力。正面からやり合って勝てる気がしない。桐谷は致命傷ではなさそうだが、しばらくはまともに立ち上がることさえ難しそうだ。


「いいざまだな、死神。慣れないことをするからそうなる。」


 元々追跡していた男が、レオに小ばかにするように話しかける。


「俺のことを知っているような口ぶりだな。何者だ。少なくとも、俺はお前にような奴は知らん。」


 2対1。それだけの条件なら、何の支障もないが、問題は桐谷だ。彼女を盾にされては思うように動けない。幸い、奴らは自身の策がはまったことで、完全に油断している。今この瞬間が好機だ。


 しかし、気になるのは大男の方だ。フードを深くかぶっているせいで、表情は読み取れないが、呼吸が荒い。それになんだ?ただの殺し屋ではない気がする。


「自分が殺しかけた男の顔すら覚えていないか。この傷を見れば思い出すか?」


 男はマスクを外し、自分の顔を見せる。男の顔には頬に二本の刃物で切られた傷が縫われていた。


「お前、キラーか?」


 思い出した。こいつは俺が幼いころ、初めて師匠に試練として出された依頼の標的(ターゲット)だ。実際には俺はその時、殺すことに躊躇ってしまい、顔にナイフで傷だけをつけて依頼は失敗してしまった。


 あの時の記憶は鮮明にこの身に残されている。

 初めての本番。初めて人を切る感覚。初めて知る血の臭い。初めて知る殺す覚悟の重さ。


 当時、まだ9歳。小さな子供には荷が重すぎたと自分でも思う。

 事実、俺はこの時を境に、徐々に壊れていったのだから。


「後ろの男は誰だ?そいつも俺と過去に会ったことがあるのか?」

「こいつは俺のペットさ。かなりいかれているが、使い勝手はいいからな。おかげで随分と動きやすくなった。」


 どういう事だ?実力的には後ろの大男の方がキラーよりも上のように感じる。そんな男が奴の言いなり?

 腑に落ちないがとにかく、まずは桐谷を助けないと。こいつらの口ぶりからして、狙いは凛花ではなく、俺。おそらくは、俺と桐谷の闘いをどこかで見ていたのだろう。そういう事なら、こいつらが桐谷を先に狙いをつけられたのも説明がつく。


 幸い、この辺りは空き家が多い。元々人口は少ない町ではこんな場所は珍しくないが、おかげで気兼ねなく動き回れる。

 

「悪いが、そう長くお前らの相手をしているわけにはいかない。早々に終わらせてもらうぞ。」


 脚に最大限に力を籠め、突撃の体制をとる。狙いは桐谷までの一直線。完全にルートを先読みされない限りは、こいつら程度なら触れる事さえできはしない速さ。

 こいつらを行動不能にするのは桐谷を助けた後だ。


 レオは、キラーたちの横を猛スピードで駆け抜けた。

 

 常人に反応できるスピードではない。俺は桐谷を抱え、そのまま奴らの視界から姿を消した……。


 ……はずだった。


 キラーの後ろにいた大男は、俺の進行方向上に腕を伸ばし、カウンター気味にラリアットを極めてきた。もちろん、反応して防御態勢は取れたが、想像以上のパワーに俺は自ら吹き飛んで衝撃を緩和する事しかできなかった。


「うっ……。」


 腕がしびれる。あんな手打ちでこの威力は規格外だ。いや、それよりどうして俺の速さに反応できた?初見で反応されるのは何年ぶりだろうか。


「ああ、見ていて気持ちがいいな。流石、俺好みに改良しただけのことはある。」


 キラーは高笑いしながら、こちらを見下すように顎を突き出して俺を見下す。

 

「まったく嫌になるな。お前のその性格は。」


 キラーのこの言葉から、あの大男の正体を推測できた。


 元々、キラーはいわゆる裏の医者。『狂気の医者(マッドドクター)』という名でも知られていた。

 人体改造はもちろん、法的に禁止されている薬品、過剰な筋力増強剤の使用などを何の躊躇もなく行っていた。裏社会の人間というのは案外多く、貧乏な生活をしている者も多い。そして、そういった人々は病気になった時には嫌でもキラーの元を訪れなければならなくなる。

 キラーは患者の望まない治療法でも自分がいいと思えば無理を押し通してでも行っていた。

 依頼はそう言った患者の被害者からのものだった。


 あの時殺し損ねたせいで、こいつは何人の人に手をかけたんだ?キラーの言葉からして、後ろの大男も被害者のうちの一人なのだろう。

 気に食わないが、キラーは天才だ。医者としての知識は十分にあり、人体について多くの知識を有している。だからこそ、自身の思い通りに人体の改造が可能なのだ。


 ……虫唾が走る。キラーにも、あの時の俺自身にも。


「おい、一応聞いておくが、そいつ、自分の意識はあるんだろうな?」

「お前ならわかるだろう?俺がそんな無駄な思考のある物を()()()、なんて言わねぇよ。」


 ああ、名も知らない男。お前には家族はいたのか?愛してくれる人は?俺にはお前のことは分からない。進んでキラーに協力したのかも、どうしようもなく追い詰められてこんなことになってしまったのかも。

 約束する。お前のことを想う者には、それ相応の償いをしよう。だから、今は……。


「お前を殺すことを許してくれ。」

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