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暗殺者

 今日。それは、ある人からすれば何でもないただの日常であり、ある人からすれば命日でもある。


 これは俺の師匠の口癖で、毎日のように言っていた言葉だ。俺はその言葉にどんな意味が込められているのか、考える気にもならなかったが、何度も聞かされているとそれが俺にもうつって、今では口癖になってしまった。


「今日、それはある人からすれば何でもないただの日常であり、ある人からすれば命日でもある。」


 俺はボソッとため息をするように言い、ライフルを構える。この古びた廃ビルはコンクリートと鉄骨だけが残っているような状態で、冷たい風がよく吹き抜ける。おかげで金属でできたライフルはひんやりと冷たい。

 いつものことだ。どんな人間にも最期の時は来る。俺の仕事は、その時を少し早めてやることだ。


 標的(ターゲット)は俺の予想通り、帰り道に人気(ひとけ)のない路地を通る。そして、俺のいる場所は3キロメートル離れたビルの屋上。気取られることはない。

 この辺りは住宅は多いが、高い建物はそれほど多くない。ここなら、射線はいくらでも通る。


 ほんの数ミリ銃口を動かせば、急所を外す。そうなれば、この計画は失敗だ。だが、この俺がこの距離であんなにも鈍い標的(ターゲット)を外すはずがない。


 迷いなく、狙撃手(スナイパー)は引き金を引く。


 銃口から放たれた銃弾は吸い込まれるかのように一直線を描き、一人の男の頭を貫いた。

 

 膝から力なく崩れ落ち、深紅の血が対象の地面から流れているのをライフルのスコープで確認する。


「命中した。任務完了。」




 俺は手際よくその場を離れ、元々使っていたアパートの部屋に戻る。すると数秒もしないうちに、支給されていた携帯から着信音が鳴った。

 少し面倒に思いながらも、俺はその電話に出る。

 

「終わったぞ。後の始末は任せていいんだよな?」

「ああ、ご苦労だった。お前は今日はもう休め。次の依頼は一件だけだ。期限もかなり長い。少し間をおいても問題ないだろう。」

「了解した。なら、その言葉に甘えるとしよう。」


 電話を切り、俺は部屋のフカフカのベッドの上にごろりと寝そべる。

 

 暗殺者なんてロクなものではない。引き金を引いた感触が未だに指先にこびり付いている。

 これまで、300人以上の人の命を奪ってきた。今更暗殺者になったことに後悔するつもりはないが、やはり誰かの人生を終わらせることに慣れはしない。


 確かにこれまで標的になった奴らはどいつもこいつも、麻薬に手を染めていたり、裏でとんでもない悪事を犯していたりと、救いようのないような悪人ばかりだった。ただ、そんな奴らの中にもいなくなって涙を流してくれるような誰かがいたりする。

 そんな場面を何度か見たことはある。俺にはない、そんな人とのつながりを持っていることに、ただひたすらに憧れた。


「まあ、そんなものを俺が持てるわけがないか。」


 独り言を言い、俺はふてくされたように布団にくるまって瞼を閉じた。




 後日、依頼達成の報酬を受け取りに俺はとある喫茶店へと向かった。

 到着すると、夏という事もあり、今日は軽装の客が多い。そんな客に紛れて一人、見覚えのある顔が店の端の席に座っている。


「待たせたか?」

「いーや?時間通りじゃないか。」


 男は半袖半ズボンに黄色の布地に花柄という派手な服を羽織り、サンダルを履いている。黒い髪に所々白髪が混じっていて、サングラスをしていてもすぐに分かった。


「チャーリー、その格好どうした?南国のホストみたいになってるぞ?」

「いいじゃないか、こんなに治安のいい国は久々なんだからよ。」


 確かに、今までの国はこの日本という国に比べたらかなり酷かった。出歩くときは銃を持つのは当たり前。どこから流れ弾が飛んでくるかもわからず、いつも神経をあたりに張り巡らせていた。


「そういうお前はずいぶん地味な格好だな。」

「この国じゃこういうのを普通って言うんだよ。」

「とはいえ、その銀髪じゃ結構目立ってるがな。」

 

 そう、俺の髪は銀髪。帽子をかぶっていないとただ歩いているだけでも人目が気になって仕方がない。おまけに青い目を持っているともなるともはや不気味とも言えるだろう。


「放っておけ。俺は別にこの容姿で後悔したことはない。」

「そうか、ならば何も言わないでおく。」


 チャーリーは水を少し口に含み、のどを潤す。俺はコーヒーを一杯頼み、注文を待つことにした。

 

「それで?今回も報酬の半分は標的(ターゲット)の親族に渡せばいいのか?」

「ああ、頼むぞ。」

「やれやれ、いつも言っているが、報酬はすべてお前の自由だ。別にお前の金をお前の自由に使ったって誰も怒りはしないぞ?」

「他の誰でもなく、俺がそうしたいんだ。そもそも、俺には欲しいものなんてない。身寄りもいないしな。」

「はあ、まったく、寂しい人生だな。」


 男は俺を憐れむような目で見る。腹立たしいが、俺が怒ることすら楽しむのがこいつの性格だ。


「それで、報酬は?」

「ああ。」


 テーブルの下から封筒に入った札束を受け取る。暗殺の報酬は高額だ。俺には既に人生数回分は遊んで暮らせるほどの貯金はある。だが、この金で好き勝手に生きるなんてことは許されない。

 人を殺して得た金で贅沢をするなんて御免だ。


「さて、そういえばあと一件依頼が来ているといっていたが、その依頼は?」

「ほう、やる気か?」

「内容次第だ。」

「当然だな。だが、今回の依頼はそう難しいものではない。報酬も高い。俺としては勧めたい依頼だな。」

「何?お前が?珍しいな。」

「ああ、俺も驚いた。」


 チャーリーは俺と依頼者の間の関係を取り持つ他、殺した遺体の後処理を担当しており、俺の唯一信頼している男でもある。現にこいつが出した依頼を受け持って後悔したことはない。だが、こいつ自身はそんな依頼をいつも「条件が悪い」と文句を言っており、そんな悪条件下の中でマシなものを選ぶというのがいつものこいつのスタイルだ。

 だからこそ、こいつが満足する依頼というのは滅多にない。


「内容は?」

「この屋敷の令嬢の暗殺だ。ただ、あまり苦しませずにとのことだ。」

「令嬢だと?子供なのか?」

「ああ。歳は15歳。確かお前も同い年だったか?」

「俺は16だ。()()()な。」


 俺は元々、スラム街出身だ。物心ついた時には親はおらず、代わりに師匠がいた。いつも俺は師匠についていく事で精一杯で、自分の年なんか気にする余裕はなかった。


 書類を手に取り、バラバラと一通り目を通す。


「よし、分かった。この依頼を受けよう。」

「なら、話は早い。詳細はここに書かれている。準備が出来次第連絡してくれ。」


 チャーリーは書類の束を机に置くと、そそくさと店を出て行った。


 確かにこの屋敷は別に警備が厳しいわけではない。おまけに令嬢は今は学生。よく外に出歩く。確かにいつもに比べれば、はるかに難易度は低い。だが……。


「まさか子供を殺すことになるとはな。」


 頭を抱える。子供を殺すのは初めてだ。いつもは裏の組織の邪魔であったりして、依頼が来る。だが、今回のような、こんな若い子供にそんな事情があるようには思えない。一体なぜ、こんな依頼が来たのか。


「……そういえばあいつ、金払わずに行きやがった。」


 眉間にしわを寄せ、俺は書類を鞄に入れて帽子をかぶり、店を出た。

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