98 九宝陽葵を救いたい③
家に帰った俺はベッドに倒れ込む。
俺は何て無力なんだ。
九宝さんの口ぶり……絶対幸せな結婚には思えない。
だが俺の言葉では彼女を振り向かせることができなかった。
あの時、無理にでも告白して連れて帰るべきだったのか?
九宝さんは少なくともある程度の好意を俺に抱いてくれていたのは間違いない。
強引に行かないでくれと頼むのも一つの手だったかもしれない。
それでも今の九宝さんは完全に割り切っているようにも見える。
来週が恐らく退職のリミット。
だが……もう、やれることはない。
所長も仁科さんも何度も九宝さんを説得していたが……良い結果は得られなかった。
花村飛鷹ができることなんて何もなかったんだ。
俺は何て弱い人間なんだ。
ピロロとスマホが鳴り、気落ちした俺は気が進まぬまま画面を見つめる。
編集の山崎さんからのメールか。
仕事で気落ちしていても副業の話は溢れるように舞い込んでくるな。
ラブコメ主人公のように格好良く助けることができればよかったのに……。
青臭く、遮二無二助けにいくような性格ならば違ったことになったのだろうか。
山崎さんからのメールを眺める。ファンレターが届いたので送ります……か。
作家になってからファンレターなるものをもらうようになった。
俺は自分の欲望を発散しているだけなんだけど、俺の作品を好きだと言ってくれる人が数多くいる。
応援してくれるとお話作りなどにも力が入り、より一層ファンレターがもらえるようになった。
俺はファンレターはしっかりと保管している。
時々見返しては執筆の活力とするのだ。
久しぶりにファンレターでも見て気を取り直そう。
ファンレターの束をあさってる内に……見慣れた文字が目に入った。
「あ、これ……九宝さんの字だ」
知らなかった。九宝さん、お米炊子にファンレターを送っていたのか。
達筆で書かれた手書きのファンレターを開いてみる。
『いつもお米炊子先生の作品を楽しく読ませて頂いております。WEBでも書籍でも絶対に読むくらい先生のことが大好きです。つらい時があっても先生の作品のヒロイン達がわたしに力をくれるような気がします。先生のおかげでわたしは執筆に力が入って作品を書くのが楽しくなりました。今、同じ会社の人達もわたしにつられて書くようになって……創作が本当に楽しいと思います。わたしの力の源である、お米炊子先生。いつまでもずっと、ずっと応援しています』
……。力を与えられていたんだな。
立ち上がった俺はパソコンの前へ座る。
「花村飛鷹の声は届かない。でもお米炊子の声なら届くかもしれない」
もしかしたら初めて自分以外のために作品を書くことになるかもしれない。
だけど……俺の作品が九宝さんの力の源になるなら……。
「やってやる。お米炊子として……本気の作品を書いてやる!」
九宝さんの意志を変えてみせる!




