97 九宝陽葵を救いたい②
俺と仁科さんと所長の3人は重苦しい雰囲気で仕事をしていた。
気持ちが萎え、息苦しい。俺達4人がいかに上手くチームワークを保てていたかよく分かる。
俺と仁科さんは気落ちし仕事に力が入らない。所長もまた……今日は気分が乗らないと営業活動を控える始末だった。
今日は九宝さんは有給休暇を取っている。
このままじゃまずいと思い、無策だが3人で話合った。
俺はある程度伏せつつも夏祭りであったことを話す。
「そう……陽葵の父親に会ったのね」
「あんなに意欲あったのに……それで退職するなんて! 絶対お父さんと何かあったに違いありません!」
仁科さんは憤る。一番仲の良い2人だったから特にそう思うのだろう。
「所長は何か聞いていませんか?」
当たり前だが退職の報告は所属長にするものだ。
この前の九宝さんの発言の後、所長と九宝さんの2人で話し合っていた。
「私も同じレベルよ。一身上の都合、家族の都合による退職。それだけね」
「そうか」「そうですか……」
中高生ぐらいであればもっとなんでだって憤ることができたのかもしれない。
成人を経て、大人となってしまったら家族要因の退職についてはデリケートな話題となることが多い。
相手の心情を無視して暴こうものならそれをタブーを犯すようなものと同じなのだ。
九宝さんが助けを求めるのであれば俺達も動くことはできるだろう。
しかし、彼女が動かぬままでいるなら……そこは不可侵となってしまうのだ。
「悔しい……悔しいわ」
「あたしも……何かできることがあったんじゃって思うもの」
俺だってそうだよ。
あの時、父親と帰さなければ違う展開もあったんじゃないかと思う。
たらればを話しても仕方ないが……九宝さんが本当に良い子だと分かっているから心がとてもつらい。
結局、結論が出ぬまま……日時だけが過ぎていく。
九宝さんは定時を過ぎるとすぐ帰ってしまうため……業務外の話ができずにいた。
このままじゃいけない。
◇◇◇
九宝さんともう一度じっくりと話をしたかった。
そのために彼女と会う必要があった。
しかし、九宝さんはスマホで連絡をしても音信不通となっていた。
だから足を使うしかなかった。
「花村さん……」
「九宝さん探したよ」
「どうしてここが分かったんですか?」
「当てずっぽうだよ。君がいそうな所を全部探した。ここも正直3回目だよ」
そう、ここは九宝さんと初めて出会った自然公園の丘の上。
昔、俺はここを走り、君はここで本を読んでいた。
「……」
「君のお母さんに聞いたよ。そして毎週どこかへ出ているって聞いた」
連絡が取れないなら直接会いにいくしかない。
門前払いを覚悟で九宝さんの住んでいるアパートへ行った。
「アパートの人達もみんな心配してたよ。本当に……大丈夫なのか?」
「……」
九宝さんの変化をアパートの人達はみんな感じとっていった。
俺が会うことで改善できるならと快く情報を提供してくれたのだ。
そして九宝さんのお母さんとも話した。
「もしかして……お母さんは何も知らないんじゃないか……。君が悩んでいること、君一人で何とかしようとしてないか!」
「花村さん」
「っ」
俺の名を呼ぶ声は非常に冷たいものだった。
こんな声を九宝さんが出すとは思えない、信じられなかった。
「さすがにわたしの家の問題に深入りしすぎではないですか」
「分かってる! 家庭の問題に土足で入ることは良くないなんてのは承知だ」
「これは私と父との問題です。大丈夫です。誰も……不幸せにはなりませんから」
「誰もならない。でも九宝さんが不幸になる。そんなことないよな」
一呼吸置いて……九宝さんは笑う。
「わたし、結婚するんです」
「っ!」
「父の決めた人と結婚します。そうすれば母もわたしも……九宝の家に戻ることができるようです」
九宝さんの作った笑みに悲しくなる。
その結婚は幸せなものなのか。
……あきらかに政略結婚みたいなものじゃないのか。
「それは君が本当に望んだことなのか!」
「はい」
「……でも!」
「花村さん、ありがとうございます。でも花村さんはわたしの何者でもありませんから気を病むことはありませんよ」
「っ!」
「わたし達……ただの同僚じゃないですか」
「だったら! なんでここにいるんだよ……。 俺と初めて出会ったここに……。思うことがなければここには来ないだろ!?」
「それは……」
無感情に近かった九宝さんが初めて言い淀む。
九宝さんのお母さんから最近の九宝さんは空元気が続いていると言っていた。
今日いろんなところをまわったんだ。会社や九宝さんと一緒に過ごすことの多かった喫茶店。
シーサイドビーチにもいったんだぜ。
そして来ているかもって思って最後に来たのがここだった。
「俺に出来る事があったら言ってくれ! 九宝さんの力になりたい!」
「……花村さん」
九宝さんは笑みを浮かべる。
さっきよりは熱のこもったその笑みに少しの期待を抱いてしまう。
「本当に……優しい人ですね。何事にも一生懸命……そんなあなたが」
九宝さんは首を横に振る。
「花村さんと出会えて本当によかった。素敵な思い出をありがとうございました」
「過去形で言わないでくれ! これからもずっと」
九宝さんは歩いて、俺の横を通り過ぎた。
「さようなら」
届かない。
俺の言葉は届かなかった。




