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95 陽葵と過ごす夏祭り⑥

 思ったより……長い!

 このランニングコースって何キロあるんだっけ。

 よく大学生の頃は毎日のように走ったものだ。


 最初はのんびり歩いていたが、時間がかかりそうなので走ることにした。

 夜とはいえ真夏のため少し走るだけで汗が噴き出てくる。くそ、俺も衰えたな。

 しかしなんで九宝さんは俺にあんなことを……。1周なんて断ってもよかったんだけどそんな雰囲気でもなかったし。


 そして何よりいつのまにか呼び方がお兄ちゃんから花村さんに変わっていたのも気になる。

 普通で考えればやっぱり九宝さんは俺に好意があるとしか思えない。


 でも……分からない。

 イケメンでも出世してるわけでもない俺に好意を抱く理由がない。

 そりゃお米炊子の正体バレをしていたらあるかもしれないが……。出会って4ヶ月程度で落ちるそんなチョロい子とは思えないしなぁ。

 きっかけがあるとすれば俺が仕事をミスった時に庇護欲が刺激されたとか?

 つまりダメ男を見つけて……わたしが何とかしなければと思われたか?


 それは何かやだなぁ。でもそれぐらいしか思い浮かばないんだよ。


 じゃあ……もし実際に告白されたらどうするかって話ですよ。

 普通で考えれば即OKです。あんな可愛い子、ありえないからね。


 ただなぁ……。同じ会社ってのがネックだよな……。別れた時に間違いなく気まずい。

 当然だけど交際してすぐに結婚するわけじゃない。絵師スペシウムの時房だって3人ぐらい付き合った上で今の奥さんだもんな。


 まずいことに俺にはお米炊子という裏の顔がある。名誉も金もあるけど、家を見にいったらとんでもない量の二次元ヒロインのえっちなイラストが山盛りにあるんだ。

 これは女の子的にマイナスポイントだろ。別れた時にこれを会社中に吹聴されたら俺は死ぬ。会社にいられない。


 そうなると今は誰とも付き合わない。もしくはそれすら凌駕するほど好きな女ができたら……行くくらいか。


「なるようになるしかないか……」


 ようやく戻ってこれた。

 誰もいない丘の上で俺は九宝さんの行方を探す。


 ここは電灯が少ないから暗くてよく分からない。

 何度かキョロキョロした後に人影が見えた。


「あ……」


 そこで俺は全てを理解する。

 男性苦手と言っていた彼女がわりとフレンドリーに俺と話してくれた理由も一瞬で理解できた。


 ベンチで本を読んでいる女の子。うつむき加減で髪を二つ結びにしている姿はあの時と重なる。

 もし浴衣が制服だったら完全一致した所だ。


 俺が毎日のこの自然公園でランニングをしていた一番の理由、すごくかわいい文学少女を目の保養としていたからだ。


「久しぶりだな……あの時の文学少女さん。4年ぶりくらいか、また会えてうれしいよ」


 ちょっと芝居かかって声をかける。


「思い出して頂けましたか」


 二つ結びしていたゴムを外して、本はポンとベンチの上に置く。

 立ち上がった姿は紛れもなく……九宝陽葵そのままだった。


「そっか……俺達はもっと前から会っていたのか」

「わたしはすぐに分かりましたよ。花村さんは全然気付いてくれませんでしたけど」

「いや、わかんないよ……。高校生と大人ってやっぱ違うし」

「ふふ、そうですね」


 九宝さんは手を口に当て笑う。


「コースの近くで男性が倒れたことがあったじゃないですか。その時に助けてもらった御礼をずっとしたかったんです」

「……あぁ、あったね。そういえばあの時に初めて喋ったんだっけ」

「ずっと話したかったんですよ。よく目が合ったのに話しかけてくることもなかったですし」


 そりゃね……。九宝さんを見ることが目的だったからな。

 話かけて嫌な顔をされて、もう来なくなったら……って思うと声なんてかけられないさ。


「わたしも勇気が出なかったんですよね。……花村さんがいろんなことをされていて、ずっとお話したいと思ってたんですよ」


 お話したかったなぁ。

 大学生と高校生だったら良い関係にもなれたんじゃないかなぁ。

 正直かなり惜しいことをした。


「花村さん、わたしはこの出会いがあって……あなたを意識し始めました」


「……」


「そして同じ会社だってことを知り、あなたが転勤してこられて……過ごした時間はとても実りのあるものでした」


「ああ……」


「だから……わたし、花村さんに言いたくて。わたしと……」


 九宝さんは胸に手を当て顔をまっすぐに挙げる。


「わたしと……わ……」


「……?」


 九宝さんの視線が少し横にそれた気がした。そして九宝の表情が急激に強ばったものになる。

 俺は振り返った。





「こんなとこにいたのか。随分と探すのに苦労しちまったじゃねぇか」


 それは壮年の男だった。

 身なりのよい高級感の溢れるスーツにあごひげを生やした鋭い眼光を持つ男性。

 ……前にどこかで見たことがあるぞ。


「な……なんで、あなたがここに」


 九宝さんの声が強ばる。


「娘を迎えに来るのは父として当然だろう」


 父……そうだ、この人は九宝さんの父親なのか!

 九宝さんを探していると彼女のお母さんが言っていた。


「父って……わたしと母様を捨てた人が今更父親面しないでください!」


「ふん、悪いが俺が本家に戻るには陽葵、おまえが必要になったんでな」


 九宝さんの父親が俺をじろりと見る。


「おい、小僧……おまえは陽葵の男か」

「……大事な友人です。……陽葵さんに何の用ですか」


「これは俺と陽葵の問題だ。部外者は引っ込んでろ。あと陽葵に好意を持つならあきらめろ」


「なっ!」


「陽葵、親のために体を差し出せ」

「あなたは何を!」


「花村さん!」


 九宝さんは強い声で俺の名を呼んだ。

 顔を真っ青にし、震えた九宝さんが見える。


「大丈夫です。大丈夫ですから」

「ようやく会えたんだ。久しぶり話そうぜ……陽葵、家まで送ってやる」


 ふらっと九宝さんは父親の方へ歩き始めたので駆け寄った。


「九宝さん!」

「大丈夫です!! きょ、今日はありがとうございました。わたしは大丈夫です……。父は父ですから」


「……九宝さんっ!」


 こうして九宝さんは父親に連れられてこの場から去って行った。


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