94 (陽葵視点)陽葵と過ごす夏祭り⑤
ここは思い出のランニングコースだ。
初めて花村さんと出会った思い出のコース。わたしはそこで想いを伝えたい。
ただ問題は……わたしは彼に完全な恋心を抱いているわけじゃないということだ。
わたしは花村さんをすごく信頼している。
不慣れな仕事内容を的確にフォローしてくれたことが1つ。
失敗して落ち込んでいた際もフォローしてあげたいと思えたことが1つ。
初めての出会い時に抱いた憧れが仕事を通じて膨れ上がっていくように感じる。
4月からの今までと夏のレクリエーション。そして過去の思い出。
これだけ積み上げたおかげで間違いなく私が知り合った異性の中で一番花村さんが好きなのは間違いない。
だけど……それは彼と恋愛関係になりたいかと言えば……まだ足りていない。
わたしが書くような令嬢を救ってくれる王子様のような存在ではまだないと思う。
でも少しずつ……想いを膨らませていけばいいと……そう思っていた。
でも時は待ってくれない。
女性限定作家グループのチャットを通じて花村さんに明確な好意を抱いている人がいる。
本人は否定してるけど、ほぼ間違いないのが仁科さん。同期というのは本当に強い。
スタイルもいいし、顔立ちもすごく可愛らしい。尊敬できる方だ。
チャット上で仁科さんが自分の部屋に花村さんを連れ込んだことが発覚し、茜さんと葵さんの最強姉妹によって全て喋らされてしまっていた。
あの話術……正直尊敬します。
そしてもう一つは茜さん。葵さんとの代替で花村さんとデートしたけど、あきらかに変わってしまっていた。
ずっと元カレに執着していたのにその日を境にもう綺麗さっぱり消し去ってしまったのだ。寝取った女幼馴染への怨みは変わらないけど……。
手を繋いだり、写真を撮ったり、オムライスを食べたことまでは分かったけどそれ以上は葵さんがシャットアウトしたため分からなかった。
葵さんは全力で茜さんのフォローにまわっている。
そしてダークホースは所長だった。
何とこの間、花村さんとお見合いをしたらしく、実は幼馴染の関係だったらしい。全然知らなかった。
基本的にわたし達5人は小説を人に読んでもらいたいということもあって自己顕示欲はちょっと高めだと思う。
だから花村さんとの関係性についてちょっと自慢したくなる所があるのだ。
仁科さんはそれで部屋に連れ込んだことを話してしまい、追求された。
所長もお見合いがあったことを話してしまい、浅川姉妹に徹底的に追求された。
一緒に懐石料理を食べたこと、一緒に遊んだこと、手を繋いで姉弟のようにして帰ったことまで突き止められた。
でも16時~18時までの空白時間、何をしていたかまでは特定できなかった。葵さんはどこか室内で休憩していたのではないか。喫茶店なら言葉に出せるからもっといかがわしい所にいたんじゃないかという推理を披露した。
あの人探偵か何かじゃなかろうか。
そんなわけで花村さんを狙う人はすごく多い。わたし以外のみんながこのお盆休み中に動いていたのだ。
だからわたしも動くしかなかった。まだ恋心が育ちきっていないけど攻めるしかなかった。
全てが終わって……今更恋心が育ってももう遅いというのだけは避けたかったのだ。
でもわたしは恋愛経験がなく男性を誘うにはひどく勇気がいることだった。
何とか祭りに誘えたけど、恋人のようにイチャイチャしたいという願望を素のままで吐き出すことはできない。
だから花村さんに対して兄のように演じてもらい、妹としてなら……落ち着いてイチャイチャできる。そう思ったのだ。
この祭りを経て、彼に対する恋心が強く育ち始めていることを感じ取れた。
優しくて素敵なお兄ちゃん。もしお付き合い出来たらもっと好きになることができるのかな。
だからわたしは最後の手として出会いの時の記憶を使おうとした。
あの時の髪型とあの時の本、あの時の座り方で花村さんがランニングコースを1周してまわってくるのを待つ。
彼が思い出してくれるなら……わたしは花村さんに好きだと伝えよう。
もし思い出さないなら……。
ううん、私の意志は決まっている。
そして無限とも言えるような時間を経て……花村さんは戻ってきた。
わたしを探してキョロキョロとしている。
そして……ベンチに座って本を読んでいるわたしを見つけてくれた。
わたしのことが分かるだろうか……。分からないか? 分からないよね。
今、思うとこんなノーヒントに近いことで分かるものなんだろうか。
せめて高校の時の制服に着替えていれば分かったかもしれない。
彼が近づくたびにあきらめの気持ちが芽生えてくる。
今日はもう……告白するのはやめよう。
他の人達とベースは同じ。盆明けからの仕事を経て、いつか想いを伝えよう。
花村さんがわたしに前へ立った。
そしてあの時のように柔らかな笑みを浮かべた。
「久しぶりだな……あの時の文学少女さん。4年ぶりくらいかな、また会えてうれしいよ」
覚えてくれていた……!




