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92 陽葵と過ごす夏祭り③

「お兄ちゃんこっちに行きましょう」


 黒髪ロングの超絶美女からお兄ちゃん呼びとか最高すぎないか。

 道行く人々が九宝さんに視線が行くのが見えている。こんな子のお兄ちゃんなんて優越感があるよな。


 こうなってくると九宝さんは本当に俺のことを兄と呼びたかったのかと思えてくる?

 百歩譲って俺に好意を持って誘ってきた可能性があったが……。

 でも兄妹のやりとりは前にもあったし、今の関係なら俺も気を張る必要はなくなる。

 九宝さんを妹のように見て、今日を乗り切るとしようか。


「お兄ちゃん、人が多いですね~」

「そうだね」

「は、はぐれたらまずいので……そ、その」


 九宝さんが恥ずかしそうにくねくねする。


「手を握ってもらってもいいですか?」


 ぐうかわ。ぐうかわ。

 おちつけぇ。おちつけぇ。俺は兄だ。妹からの要求に赤面なんてしてはならない。絶対にだ!


「そうだな、はぐれたら大変だ」


 俺は九宝さんの手を掴む。


「ひゃう」

「あ、ごめ……手汗、汚かったかな」

「ち、違います。わたしが悪いんです」


 ハンカチは持ってきていたので手を拭い、再度握ることにした。

 すべすべだなぁ……。小さいなぁ……。にやけそうになるぅ。


「女の子ってやっぱみんな手ちっちゃいよなぁ」


「……」


 ふと九宝さんの目を見るといつのまにか真顔になっていた。


「お兄ちゃん、随分と女の子の手を握るの上手ですよね」

「ほわっ!? な、何を言ってるのはよく分からないな。女性に縁の無い俺が手を握るなんて」

「この1週間で茜さんや所長の手を握ったんですから当然ですよね」

「なななななぜ、それを!?」


「なぜでしょう……ふふっ」


 思い出した。茜さんが言ってた女子限定創作グループ!

 どれだけの規模か知らないが、そこに九宝さんや所長が入っていれば情報が共有されていてもおかしくない。


 いや、でも言うかフツー!


「九宝さん、食べたいものがあったら言ってくれ、兄が奢ってあげよう」

「わーい、お兄ちゃん。大好き!」


 くそ、これでごまかすしかない。

 俺と九宝さんは屋台のある通りを歩く。


「わぁ、すごい……。こんなにいっぱい屋台があるんですね」

「毎年やってると思うけど、行ったことはない感じ?」

「1人だとちょっと怖いですからね」


 それだけの美貌で1人で祭りなんて行ったら即ナンパされるだろうな……。


「それにわたし……恥ずかしながら学生の友達がいないんです」

「へ」

「正確には短大ではいたんですけど、高校生まではまったくいなくて……こういった所に友達と来たことないんです」

「……そうだったのか」

「人付き合いが悪かったってのもあるんですが、あの学校で九宝の名前がね……」


 九宝さんの過去を知ってからら少し調べたことがある。

 九宝グループってのが財界に確かに存在する。その血を引いているならやはり九宝さんは名家のお嬢様なんだろう。


 この美貌と名家ってことで距離を置かれていたのかもしれない。

 すっげーいい子なんだけどな。


「よし、今日はいっぱい遊ぼう! そんで来年は親しい人達と来よう! みんなで一緒も楽しいよ!」

「はい、お兄ちゃん」


 今日は変なことを考えず、精一杯を楽しむことにしよう。

 俺自身も久しぶりの祭りだ。しっかりと楽しみたい。そう思った。


 それから、俺と九宝さんは祭りを堪能することにした。


「金魚すくいってどうやるんですか」

「見てみな……このポイを……こう!」


「わぁ、すごい!」

「ほら、九宝さんも」


「え……と、えっと……えい! あぁ……破れちゃいました」

「力を入れすぎかもね。おじさん、もう一枚くれる?」


「あいよ」

「じゃあ……もう一回」


「はい!」

「んーー、まだ力が入ってるなぁ。よっ!」

「ひゃあ……!」


「あ、ポイが落ちた」

「な、何を!」

「手で補助しようと思って……まずかった?」


「だ、大丈夫です。お兄ちゃんですもんね……」

「よし……じゃ、もう一度」


「はい! えっと……えい、っ! やったぁ」

「おし! いい感じだ」




「そこのかわいいお姉さん……よかったらどう?」

「お兄ちゃん、これは何ですか?」


「射的屋だね。このコルク銃を使って商品を当てて倒せば持って帰れるんだ」

「わたし、あのクマのぬいぐるみが欲しいです!」


「あのサイズはなかなか大変だろうな。おじさん、弾をください」

「よーし、じゃあ引きますよ~! えい!」


「うーむ、4発連続外れ。1発は当たったけど……びくともしないな。連続で当たればあるいは」

「……お兄ちゃん、わたし……欲しいです。きゅん」


「おじさん、弾あるだけ持ってこい、全部使いきってくれるわああああ!」



「お兄ちゃん、りんご飴って美味しいですね」

「祭りだよねぇ。あ、ベビーカステラ食べる?」


「食べます! はむ、おいしい! ふっふふ~ん」

「九宝さんご機嫌だね」


「はい、かわいいクマさんのぬいぐるみも手にいれましたし……お祭りってとても楽しいですね!」

「俺も久しぶりだし、すっごく楽しいよ。ぬいぐるみって言えば……抱き枕使ってるって言ったよな。もしかしてぬいぐるみ抱いて寝てたりするの?」

「さすがにぬいぐるみはかわいそうですよ。おっきなウマの抱き枕使ってます。よく眠れるんですよ」


「へぇ……俺も抱き枕買おうかなぁ」

「……ところでわたし、お兄ちゃんに抱き枕使ってるって言いましたっけ」


「むふっ! あの夏のホテルで……って違う。俺が知ってて、その通りってことはどこかで話してくれたんでしょ」

「そ、そっか、そりゃそうですよね。家に来たわけでもないですし……いつ言ったかなぁ」

「アハハハ、そう! やべぇ……」


「お兄ちゃん……あそこ、あそこへ行きたいです!」

(やぐら)の方でみんな踊ってるなぁ。九宝さんは踊れるの?」


「昔、舞踏を習っていた時がありましたので……上手くはないですけど」

「あーいうのって雰囲気で踊るものだしいいと思うよ」


 そうして俺と九宝さんは櫓の近く、空いてるスペースへと向かう。

 ライトアップされた櫓の下では大勢の人が自由気ままな盆踊りを踊っている。

 家族で踊っていたり、恋人同士で踊っていたり、子供同士、男同士、みんなそれぞれだ。


 俺は踊りなんてやったことはないので見よう見まねでやっていく。

 これは思ったより難しいなぁ。

 九宝さんは軽やかに踊る、艶のある黒髪を靡かせて、その美しさに人々の視線を集めた。

 本当に楽しそうだな……。


 さっきまでの屋台で振る舞いといい。本当に祭りを楽しみたかったのだろう。

 俺に何かしら好意があるなんて思い込みをしなくてよかった。

 1人じゃ行きづらいから人を誘い。男と一緒は恥ずかしいからお兄ちゃんということにした。


 そんなところかな。……正直ちょっとだけほっとした。


「お兄ちゃん、一緒に踊りましょ」

「一緒に踊るってどうやって……」


「ほら、オクラホマミキサーみたいなノリでいいと思います」

「ええー、どうだっけ」


「ほらほら、手を繋ぎましょ」


 九宝さんの柔らかな手に触れ、不格好なポージングで踊る。

 彼女の動きに合わせてステップを踏み、そうして体は密着していく。


 そして……花火の音が響き、櫓の電気は消灯された。

 この祭りのお約束であり、花火の時間は中は最小限の灯りとなる。


「花火が始まったね、じゃあ……丘の方へ行こうか」


 ぞろぞろと花火の客が自然公園の進んだ先、ランニングコースの一番高い場所である丘へ向かい始めた。

 花火が一番よく見える場所ゆえに混雑はする所だ。

 はぐれないようにしっかり九宝さんの手を掴んで引っ張るが……。九宝さんは動かない。


「どうしたの? っ!」


 九宝さんはいきなり、俺の胸に飛び込んできたのだ。

 俺の両胸を掴み、そのまま顔を埋めようとする。


「え……えっと」

「わたし……このまま、このままがいいです。花村さん」

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