90 陽葵と過ごす夏祭り①
「さてと原稿送信……と」
このお盆休みで計画を立てていた副業のお仕事はキリよく終わることができた。
正直明日までかかると思ってたけど、今日中に全部終わってしまったな……。
いい感じのラブコメが書けた。後輩ヒロインってやっぱいいよなぁ。
先輩後輩としか思ってない所からの恋愛……。ラブコメの話だし、きっと姉さん……じゃなくて所長も喜んでくれることだろう。
姉さんか……。
この盆休み……いろいろありすぎた。
仁科さんのお家訪問から始まり茜さんとデート、果ては姉さん……じゃなくて所長とお見合いからのラブホ。
絵師スペシウムにこの話をざっくりしたら、モテ期じゃないかって言われた。
まぁ……実際に多少の好感度は稼げているのだろう。
俺は創作でよく見る超絶鈍感主人公ではないつもりだ……。
だからといってどうこうはできない。
行為という一線を越えていたらそれをネタに突っ走るのもありなんだけど……、全部不発に終わっている。
俺は未経験の性行為より、執筆で発散する方が気持ちいいと考えてしまう所がある。
せっかく姉さんとヤれそうだったのに……あの体を見て凄まじいほどのインスピレーションが出てきたのだ。
体に触れるより文字に起こしたい気持ちの方が上回るってやっぱやばいよなぁ。
あの日の夜、数万文字書いた気がする……。
「いいや。……俺に恋人はまだ早い。そう思っておこう」
お盆休みも明日で終わりか……。
明後日からは仕事が始まる。
デスクの上においてチラシを確認する。
支払票に出前系のチラシ、その他もろもろ……そして。
「この地区の夏祭りがあったんだな」
もう終わってしまったけど……。
学生の頃はよく友人達といったものだ。
本当に楽しかったなぁ……。女子はいなかったけど。
俺はスマホを掴む。
「明日か……」
学生の頃よく行った地区の夏祭りが明日やるらしい。
そこの名物と言えば花火大会だろう。
近くの大きな自然公園から眺める花火の風景はたまらなく良かった。学生の頃によく行ったものだ。
「うおっ」
偶然かスマホが急に鳴り始める。
びっくりして慌てて取ってしまった。
「も、もしもし」
「あ……花村さんですか」
その澄んだ透明感のある声は九宝さん!
1週間ぶりに聞けてマジで癒やされる。優しさの象徴、まさにお姫様!
「あの~?」
「ごめん、ごめん。会社携帯じゃないってことは仕事の件ではないんだね」
「はい。花村さん、ちょっとお尋ねしたいのですが……」
九宝さんはちょっと言い辛そうに言い淀んでいた、
何だろうかと思いつつもゆっくり待つことにする。
「あ、明日お暇でしょうか!」
「はい、お暇でございます」
変な言語になってしまった。
わぁっと嬉しそうな感情が伝わる。
「あの……明日、わたしが住んでいる方の地区で夏祭りがあるんです。花火大会のある」
「ああ、そっか、あれは九宝さんが住んでる方になるんだな」
ちょうど思っていた時にピンポイントでやってきた。
「もしよろしければ……わたしと一緒に行って頂けないでしょうか」
「え、俺でいいの?」
「はい、花村さんと行きたいです!」
「そっか。いいよ! 明日は時間あるし、行こうか」
「ありがとうございます! あ、あの!」
九宝さんはまた少しだけ考えるように言う。
「髪を結うのと流す方どっちが好きですか!?」
うーむ、なかなか難しい話だな。
正直な所どっちも好きだしなぁ。
「九宝さんだったらいつも流しているからそのイメージかな」
「分かりました!」
うーん、何が分かったんだろうか。
「それじゃ自然公園の近くの駐車場でお願いします」
こうやって通話は終了した。
いや、いいなぁ。
会社の後輩が誘ってくれるなんて、先輩として信頼されてるってことか。
……。
「ん!? みんなでって言葉入ってたか?」
俺はてっきり会社のみんなとか……友達と行くからお兄さん役で来てみたいなことを勝手に想像していたが、あの口ぶりは2人きりっぽい。
そもそも九宝さんは成人してるからお兄さん役とか意味わからんな!
スクールラブコメ書きすぎて勘違いしてた。
他の人も呼んだ方がいいのか? 仁科さんもさすがに今日くらいには帰ってきてるだろうし……。
ただそれをして九宝さんに睨まれでもしたら生きていけない。彼女には盆休み前のミスで相当なフォローをしてくれたんだ。
九宝さんが他の人を誘うのは許されるが、俺が他の人を誘うのはNG。
もし、九宝さんが俺と2人きりで祭りを過ごしたいってことだったら……。
「初日は仁科さん、次の日は茜さん、この前は所長。そして最終日に九宝さん」
マジかよ……。失礼な発言だが女難のシーズンだろうか……。
まぁいい、酒と寝相だけ防げば相手に不快な感情を与えることはない。
今回の相手は後輩だ。大人の余裕を見せて一歩距離を置いていれば問題ない。
◇◇◇
そして当日、約束の時間の30分前に車を走らせて駐車場へ到着した。
こちらから迎えに行った方がよかったかな……。
俺の格好はTシャツに使い古したジーンズである。
さすがに公園の中を歩くし、デートで使うようなお高い服は止めた。
浴衣を着るのも1つの手なんだけど……俺の家にあるはずがない。
浴衣なんて俺の脳内のラブコメ世界でしか存在しないのだ。
「花村さん」
一発で分かる凛とした声。
その方へ顔を向けると……絶世の黒髪美女が浴衣を着て俺に手を振っていた。
女神様かな。