84 姉さんと呼ばれたくて①
どうしてこうなった。彼女はきっとそう思っているのかもしれない。
「こんにちは! 今日はいい天気ですね」
俺が笑顔でそんなことを言い。
「え、ええ……。そうですね。ははは」
彼女が苦笑いでそんなことを返す。
「飛鷹くんも大きくなったわねぇ。昔会った時はこんなにちっちゃかったのに」
「凛音ちゃんがこんなに綺麗になってるなんてね……。良かったわね飛鷹」
「あはは」
勢いで参加したとはいえ、なぜ俺は所長とお見合いをしているのだろう。
◇◇◇
「飛鷹、明後日……暇?」
「忙しい」
「じゃあ、宜しく頼むわね」
お盆休みということで、実家にも顔を出すことにしている。
1人息子だからうるさいということもあり、タブレット持って実家に帰って原稿を打っていた。
ウチの最高権力者の母さんには何を言っても無駄である。
じゃあ聞くなよと思うけど、一応否定しておかないと際限がなくなってしまう。
本当に無理な時は全力で断るが……、結局無理じゃないから否定も弱めになり、押し切られる。
「飛鷹、あんた彼女いないわよね」
「まぁ、今はね」
「いたことないわよね」
「何で言い直した。否定はしないけど」
「ウチを継いでもらうとかそんなつもりはないけど、孫の顔は見たいのよね」
「俺まだ26だし……」
「彼女いる26と彼女できたことのない26って同じだと思ってる?」
まー、同じじゃないですよねぇ。
実際交際してすぐにゴールインってのはなかなかない。
清く正しくお付き合いし、結婚を前提に同棲を重ねて、適した結婚日を設定するなら1年以上かかることも多い。
俺の場合はまず相手を見つけることが大前提なのでさらに時間がかかるのだ。
「母さんがお見合いを設定してあげたから会ってきなさい」
「は!? 何を勝手に」
「この前、20年前くらいに隣に住んでたご一家の奥さんと会ってね。結構仲がよかったけどそれっきりになっちゃったのよ」
「あ、ああ」
「その家の娘さん。奥さんの2人目の女の子が、体調崩すことが多くて……お姉さんの方を預かることが多かったのよね。覚えてないと思うけど、あんたがすごく懐いてたのよ」
うん、全然覚えてないな。
そんな人いたのか。少なくとも小学生に上がるまでに引っ越した家族のことなんて覚えてないな。
「お姉さんの方が、独身で土日に実家に帰って酒飲んで奇声をあげてるって嘆いてね」
「そんな地雷みたいな人とお見合いすんの?」
「あんただって引きこもってパソコンにかじりついてるし、似たようなものでしょ」
「俺は仕事なんだってば……」
母さんも父さんもラノベとはなんぞや?
という種族のため俺の副業にそこまで理解はない。
本を出すということについては褒めてもらったが、親戚一同に広めてもらいたくはないので最低限の情報しか与えてない。
お金で困ったら支援するつもりでいるが、ウチは共働きで世帯収入も平均以上、1人息子も独り立ちしてるのでそのような問題はなさそうだ。
「写真を見せてもらったけど、相当美人さんよ。あれが独身なんて考えられないわね」
「よほど性格がやばいか、女帝みたいに人を馬車馬のように働かせるか、ヒステリックなのかもね」
「いいから来なさい! お見合い場の料理店は4人で懐石料理が食べられる所なの! 4人揃えば値段がぐーんとお安くなるのよ」
「それが目的か! お見合いなんて絶対嫌だからな」
「もーワガママね」
「……何て人? ま、そんな地雷みたいな女、ろくでもない」
「美作さんよ。長女の美作凛音ちゃん」
「会います」
そして当日。
俺の顔を見て……頬をひくひくさせている所長の姿があった。
所長のそんな姿を見られるだけで今日は満足です。
◇◇◇
「花村飛鷹です。こうやって……お会いできるなんて嬉しいです」
「ええ、私もです。まさかこんな感じで再会することになるなんて」
「もう飛鷹何言ってるの、昔おねーちゃんって凛音ちゃんの足にべったりくっついてたじゃない」
「うぐっ」
俺が所長の生足に!? まぁ……当時は赤子に近いレベルだから仕方ないよな。
「凛音だってよく飛鷹くんを抱いて寝てたのよ」
「私がそんなことを!?」
思い出せ、思い出せ!
あの完璧ボディに抱かれていた思い出を!
「ごめんなさいね。飛鷹ったら休日はえっちな女の子のポスターばかりの部屋に引きこもっているから、女の子の扱いが上手くないの」
「おい、余計なこと言うな!」
「へぇ」
やばい、所長が俺を見下した目で見ている。いいこと聞いた、みたいな顔だ。
「それを言うなら凛音だって、実家に帰ったらパソコンにかじりついてビール片手にらぶこめうめぇってわけの分からないこと言ってるわよ」
「母さん!?」
ほぅ、所長の素顔はそんな感じなのか。
ちょっとだけ笑ってしまうと所長がぐぬぬってした顔で俺を睨む。かわいい。
そんなこんなで……懐石料理がやってきて、お喋り好きなお互いの母がずっと話し続けていた。
結局俺と所長はお喋りのきっかけで連れてこられたってことだ。
「ちょっとトイレいきます」
「あ、私も」
俺と所長は立ち上がり、部屋を出た。
お互いの母親に声が聞こえないところまで離れた後……。
所長に胸ぐらを掴まれる。
「花村くん、ちょっと表出なさい」
「はい」
教育的指導が始まる!!