表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/158

83 浅川さんと一緒に⑧

 うっかり茜さんの正体を突き付けてしまった俺……。

 心の中ではどうしよどうしよという不安が突き抜けてくる。


 冷や汗まじりで言ってみる。


「初めからですよ。俺が茜さんと葵さんを間違えるわけないじゃないですか」


 茜さんはびっくりしていたが、その胸を見りゃ誰だって分かるだろう。もしかして気付いてないんだろうか……。

 何回か密着してそれが偽物ではなく本物っぽかったので茜さんなのは間違いない。


 ただそれを突き付けるとジ・エンドなので何とかごまかすことができた。


 できたはずなんだけど……。


「私との予定もまた入れて頂けませんか?」


 帰りの車内で茜さんに言われた言葉、赤信号が青信号になっても驚いて進むことができなかった。


「え、茜さん?」

「今度は私から誘わせて頂きますね」


 茜さんの希望で駅の近くではなく、直接茜さんの住む実家へ送ることになった。

 住所を知ってよかったのかと思ったけど、花村さんなら構いませんと言ってくださったのでお言葉に甘えた。


「私……変われるかもしれません」

「茜さん」

「今日、花村さんとご一緒させて頂いたおかけでようやく先へ進めそうです」


 どういうことかよく分からないので俺は生返事しかできない。

 でも何か吹っ切れた様子の茜さんの笑顔はとても綺麗に思えた。

 だから詳しく聞きたくなった。


「もし良ければ聞いてもいいですか?」


「ずっと高校の時の略奪が私の心を縛っていたんです。そして好きだった元カレが良いものだと思い込んでいた」

「……」

「今、思うと大したことのない男でした。顔は良かったですけど、オレ様タイプで……意地汚くて、釣った魚にエサを与えないタイプでした」


 あー、そういうタイプいるよねぇ。

 女性を手に入れることに全力を入れるタイプ。

 高校生の茜さんの美貌なら間違いなく学園トップだっただろうし、手に入れたいと思うやり手の男は多かっただろう。


「今日、花村さんにエスコートして頂いたおかげで……男性は人柄であることがよく分かりました」

「あはは……俺みたいな奴は世の中にいっぱいいますよ」

「そうかもしれません。でも私が出会ったのは花村さんだけですから」

「茜さん……」

「だから私は過去を振り切って、新しい出会いを望むのです」


 そうか。

 茜さんが過去を振り切ったってことはもう幼馴染ざまぁを書かないってことか。

 彼女の執筆の原動力がその怨み、憎しみだったのだ。それを振り切ることは創作すらも変わってしまう可能性がある。


 それは寂しいな。紅の葉のファンとしては……。

 でも浅川茜を知ってしまうと違う道でも頑張ってほしいと思う。


「あ、ここです」


 茜さんの家へ到着した。

 ふー、でっかい一軒家。やっぱり茜さんっていいとこのお嬢様なのかもなぁ。


「今日はありがとうございました」

「いえいえ、俺も楽しかったです」


「あ、お姉ちゃん!」


 その声は双子の妹の葵さんだった。

 あぁ、やっぱり本物はすぐ分かるな。


「やっぱりバレちゃったわ」

「いや、バレるでしょ。胸の大きさが全然違うんだから」

「あっ……花村さんまさか!」


 茜さんの驚いた声に視線を合わせることができなかった。ってか妹は分かってて、姉は分かってなかったのか。


 葵さんがこちらにやってくる。


「花村さん、今日はすみませんでした」

「いえいえ、体調は良くなったようですね、良かったです」

「体調管理をしっかりしないといけませんねぇ。頑張り過ぎちゃいました」

「そんなに大変なことあったんですか?」

「いやぁ、休みだからって、慧可断臂(えかだんぴ)を食事も取らずに24時間書き続けたらフラフラになっちゃって」


 すっげー創作意欲。

 尊敬するわ。何文字くらい書いたんだ……この人。


「あはは、例のオムライスもお持ち帰りで買ってきたので良かったら食べてください。冷めちゃいましたけど」

「あ、ありがとうございます~。やっぱ花村さんはいい人ですね」

「いえいえ、Y社でのこと、葵さんにはかなりお世話になりましたから。今度改めて御礼に誘わせてください」

「はい! 私と花村さんがイチャイチャしてる所を撮って、仁科さんに送らないとダメですからね!」

「あはは……マジっすか」

「あ、ところで」

「葵! 花村さんはお疲れだから!」


 茜さんがちょっと顔を険しくしていた。


「どうしたのお姉ちゃん。そんなに慌てて」

「慌ててない。そ、その……花村さん、改めて今日はありがとうございました。盆明けにウチの部署にフィルターの納品がありますよね?」

「はい、俺が向かう予定です」

「よ、よろしければ……お昼を一緒にどうですか? 今日のことでもうちょっとだけお話したくて……」

「いいですよ。俺でよければ……って葵さん、どうしてそんな驚いた顔をしてるんですか」


「お、お、お、お姉ちゃんがデレた! 落とされた!」

「ちょ、葵!」

「おかーさん! お姉ちゃんがね、お姉ちゃんがねええええええ!」

「この愚妹! で、では……安全にお帰り下さい! ありがとうございました!」


 茜さんは荷物を掴んで、葵さんを追って家に入ってしまった。


 なんて騒がしい……姉妹なんだ。

 仕事の時は二人ともきりっとしてるのになぁ……。

 これが本来の彼女達の姿なんだろう。俺がお米炊子という本性を隠して、仕事をしているのと同じなのかもな。


 でも、今日は楽しかったな。



 ◇◇◇


 家に帰ってまったり過ごしていた俺はスマホを眺める。

 途中で茜さんとラインのIDを交換したっけ。

 御礼を言っておくかな。


「あ、紅の葉さん更新してる」


 帰って即行作品を書いたのか。

 妹もそうだが、姉の意欲もすげーな。


 迷いを振り切った彼女のことだ。

 きっと所長と同じように愛に溢れた作品になっているのだろう。


 俺はその作品をクリックした。



「【幼馴染は俺のことが好きらしいがツンデレが惨くて腹が立つので徹底的に泣かせることにしました】」



 うん、変わってねぇじゃねぇか!

 思わず茜さんにラインで今日の御礼と新しい出会いを望んだんじゃなかったのかと聞くと。


「ふふ、元カレの件は吹っ切れましたが、私から略奪したクソ幼馴染女の怨みは別なので……私は一生幼馴染ざまぁを書き続けますよ」


 そんなことがテンション高めに返信が来た。


 あはは……やっぱ茜さんってすげーわ。

 俺の知っているWEB美女作家はどいつこいつも癖が強いらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ