82 (茜視点) 浅川さんと一緒に⑦
花村さんが招待してくださった店は家族経営のお店で、楽しく食事できる雰囲気を意識しているように見えた。
花村さん自体も初めて来られるそうでお互いにキョロキョロしてしまった。
「予約していた花村です」
「こちらにどうぞ」
2人掛けのテーブル席に案内される。
「雰囲気の良いお店ですね」
こういう感じのお店は好みだ。
「俺もそう思います。良いですよね」
同じ会社の人から良く二人きりで食事に誘われるのだが、三つ星レストランやホテルのディナーなどが多く正直辟易としてた。
私は仕事では身なりに気を使っていて、お高い女と思われているようだが、それはあくまで仕事なだけでプライベートはグダグダしていることが多い。
高級レストランなんていったら肩肘張ってしまうし、奢られたら次も考えなくてはいけない。正直あまり行きたくないのだ。
ディナーよりもラーメン屋の方がいい。似合ってない? そんなの余計なお世話です。
実際に良いレストランへ行くなら妹と行けばいい。それが一番楽しい。
着席して、定番のオムライスを二人で注文することになる。
さて、そろそろ聞かなければならない。
「……あの、いつから……私が妹でないと気付いていたのですか?」
花村さんはふんわりと笑みを浮かべる。
「初めからですよ。俺が茜さんと葵さんを見間違えるわけないじゃないですか」
一卵性の同じ顔の双子で、見分け方法も分からないよう髪型を合わせたのにちゃんと見分けてくるなんて……、その言葉が途方もなく嬉しかった。
完璧な変装でまったく落ち度もなかったし、それでも見分けるんだ……。すごい。
「葵さんに何かあったのかなって思って……代わってるフリしていることを突き付けるのも悪いと思ったんです」
「そうだったんですね。実は妹が熱を出してしまって……」
「そうでしたか。すみません、それなのに長々と引っ張り回してしまって……」
「いえいえ、元は妹が誘ったことですし、それに今日とても楽しかったです。ありがとうございます」
「あ、……はは、そこまで褒められるとちょっと照れてしまいますね」
花村さんが顔を紅くして視線を外されてしまった。
そんなウブな所もちょっと可愛らしく思えてくる。
女性慣れしてる人だと気を張ってないと身の危険を感じるけど、花村さんの場合は自然体のままでいられるからありがたい。
少しの時間の後、オムライスが運ばれてきた。
スプーンを使って、チキンライスと卵を一緒に食べる。
「美味しい……」
「ほんとだ! 美味っ!」
「妹にも食べさせてあげたくなりますね」
「いいと思いますよ。俺もまた来ようかな」
「それは美作さん、仁科さん、九宝さんの誰かとですか?」
「またそのネタですか……浅川さん、調子が戻ってきましたね」
「む、今日は私とのデートなんですから私のことは茜と呼んでほしいですね~」
「……。茜は小悪魔な子だな」
「ぶふっ!」
危うく飲んでた水を吐き出そうになった。
「い、いきなり呼び捨ては」
「あ、そういうことか! ごめんなさい、ごめんなさい! 茜さんですね、はい!」
「花村さん、天然ってよく言われるでしょ」
「俺、結構頭脳派のつもりですが……」
「いえ、天然ジゴロだと思いますよ」
「あはは、ジゴロって……そんなの漫画世界だけですよ。茜さんは何となく分かってると思いますけど、俺はまともにモテたことのない男です。まともな女性にまったく縁がないんです」
「つまり、私や葵、フォーレスの美女方はまともな女性でないと」
「そそそそそういう意味では!」
「ふふふ、冗談です」
「茜さん、人が悪い」
ああ……楽しいなぁ。
もっと一緒に話していたいと思ってしまう。
でもこのような店は長居できないし、予約していないお客様が外に並んでいるので……食べ終わったらすぐに出るべきだろう。
もう一軒行きませんかと誘ってみる?
だめ、妹が熱を出してる中でもう一軒なんて言う女を花村さんは良い顔をしない。
お会計も払ってくれそうになったので固く辞退させてもらった。
結局お互い食べた分を支払う形になったけど、花村さんったらいつのまにか妹のために持ち帰り用のオムライスを注文していて、しれっと自分で払っちゃうんだもんな。
「電子レンジでも美味しく食べれるって聞いたので渡してあげてください。葵さん、食べたそうだったので」
「もう……」
そんな気遣い屋さんで優しい彼に……気を許してしまいそうだ。
帰りの車の中、他愛ない地元話で盛り上がる。
ここから浜山の最寄り駅まで40分ほどで到着してしまうため……正直寂しい。
こんな時間がもっと続けばいいのに。
家まで送ってもらおうかな。そうすればもう少し長くお話できる。
「疲れちゃいましたか?」
「歩き回りましたからね。花村さんは運転もあって……お疲れでしょう」
「仕事で乗り回してるから……そんなにですよ」
運転する横顔が……ちょっと魅力的に感じてしまう。
「美作さん達が羨ましいですね」
「え、何がです?」
「内緒です」
「俺は逆に茜さん達が羨ましいですよ」
「それはどうしてですか?」
「男だからやっぱり……踏み込めない所があるんですよね。同性だったらもっと側に寄りたい。彼女達の悩みに友達として向き合うことができたんじゃないかって思うんです」
「なら、TSしてみます?」
「出たな、創作あるある!」
「ふふふ」
「あははは……。茜さんは笑った顔が素敵ですね。茜さんと同じ職場だったら楽しいんだろうなって思います」
「同じ職場じゃなくても……笑顔を見る方法があるんですよ」
「へ」
「それは……内緒です!」
「……はは、びっくりした」
うぅ……今日出会って変なこと言いそうになるなんて私、チョロすぎない!?
いや、そもそも……この気持ちは一時的なものの可能性が高い。
どれだけ恋愛物書いてきたと思ってるの! そう、この気持ちは一時的、一時的。
「……葵さんとはまた予定をアサインしないとダメですね」
「あの子はあれで……強欲ですから」
「……次はもうちょっと先になると思いますけど」
「じゃあ」
私の口が自然と動いていた。
「私との予定もまた入れて頂けませんか?」
「え、茜さん?」
「今度は私から誘わせて頂きますね」
葵だけでなく、私に構ってほしいなって初めて思いました。
これぐらいは……。
例え……この気持ちが一時的なものだったとして、これくらいは許されてもいいよね。