71 仁科さんちで2人きり①
「ああ……浅川さんのことで単純な相談するつもりだったのに仁科さんの家に訪問する形になってしまうなんて……」
一挙両得とはこんなこと言うんだろうか。
この両得は俺にとってまったく嬉しくないことだ。
浅川さんも仁科さんも綺麗だし、とってもいい人だし、仲良くなりたいというのはある。
もはや何回言ったか分からないぐらいだが俺は女性の扱いが得意ではない。
自分がいかに男として魅力の無い人間か分かっているのでボロを出して不愉快な想いさせてしまうのが怖いのだ。
あと作家活動が忙しすぎて自分磨きする時間がないので、良い所を見せられなくて困るってのもある。男は見栄を張りたいもんなんだよ!
どんなに書籍が売れた所で公開しなければその凄さは伝わらない。
ああ……直木賞とか芥川賞受賞とかだったらドヤ顔で言えるんだけどなぁ。
「誘いを受けておいてやっぱ止めますはかっこ悪い。やるしかないな」
直近は次の休みの仁科さんのお宅訪問だ。
まさか向こうから家に誘ってくるなんて思ってもみなかった。
俺のラブコメ作家として勘を信じるなら異性に対して好意が無ければお誘いなんて絶対しない。
"じゃ、……あたしの家で飲もうよ! そうしよう"
あの軽いノリにそんな恋愛的なものがあるか?
お盆の混雑がめんどいから家で飲んで騒ごうっていう陽キャ的なノリじゃないのか。
仁科さんにとって俺は仲の良い男友達の1人にしか過ぎない。
こっちではそんなに友人がいないって言ってたし……ガチで暇してるだけなのかもしれない。
お付き合いしてるわけでもないんだ。性的な期待は止めておこう。
一瞬セフレ的なことも想い浮かんだが仁科さんのキャラ的にないと思う。実は演じてましたとかだったら人間不信に陥るわ……。それはそれで割切りそうだけど。
まぁ、事前に発散しまくっておけば……万に一つもおかしな事態には陥らないはず。
よし!
◇◇◇
お盆の前の週も問題なく業務が完了した。
フォーレスでは顧客の休みに合わせて、盆休みはまる一週間お休みである。
このあたりは正直嬉しい。
仁科さんから事前に部屋飲みのことは2人だけの秘密だよと言われたので所長や九宝さんには言っていない。
言ってもいいんじゃと思ったけど、仁科さんと遊ぶなら……わたしとも別で遊んでくださいってお誘いがもしも発生した場合さらに悩みが増えてしまう。
無いとは思うが女性のお誘いはここで打ち止めしておかなければ心が死んでしまう。
お盆休み初日の夕方18時。
お土産片手に電車を乗り継いで仁科さんの住むアパートへやってきた。
相手は浅川さんじゃないのでそこまでかしこまった準備はしてないが、事前に風呂入って匂いは取り、下着から何まで全て変えてきた。
やっぱ異性に会いにいくのって面倒だな……。
時房の家に行く時なんか半パン、サンダルだぞ。これぐらい気安い方が楽だ。
「は、花村です」
「うん、上がって上がって」
仁科さんの住んでいるアパートは防犯のため1階エントランスのオートロックは完備されてる。
1階の入口で呼び出して自動ドアを開けてもらい、アパートの中へと入っていく。
確か203号室だっけ。何かドキドキしてきた。
エレベーターを使う中、普段は使わない手鏡を取りだして身だしなみをチェッする。
うん、汚れとかないな。変な毛が仁科さんちに落ちるとかは避けたい所だ。
2階に到着したのでエレベーターから降りて203号室の前へ移動する。
チャイムをならすとドタドタと足音がして扉が開く。
エプロン姿の仁科一葉がそこにはいた。
「おふぅ」
飴色の髪とニコニコした笑顔、ただでさえ可愛すぎるのにそんな日常的な格好をされたら魅力が倍増してしまうじゃないか。
その一コマを写真に撮りたいくらい美しい仁科さんの姿に俺は感動すら覚える。
大きな猫のイラストがついたエプロンが実に良い。
「ようこそ、花むっちゃん?」
「お……とごめん」
落ち着け、落ち着け。
深呼吸。
「今日は誘ってくれて、ありがとう。エプロン姿良く似合ってるね」
「ありがと~! 実家にいた頃から使ってるお気にいりなんだぁ」
「迎えてくれてるみたいで何だか不思議な感じだね」
「そう? じゃあ……おかえりなさ~い!」
やべ、結婚したくなってきた。
「って……あたし何言ってるんだろ」
かぁっと頬を赤らめる仁科さんが可愛くてたまらない。
ならやるなよなんて無粋なことは言わない。もっとやってくれって言いたくなる。
仕事から帰って仁科さんが出迎えてくれるとか最高すぎるだろ。
「じゃあ、ただいま」
「もー!」
仁科を奥さんに出来る男はマジで幸せモンだろうな……。




