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70 (仁科視点)先手必勝

「ごめん、もう一回やり直させてほしい、ちょっと俺もパニくってるから」

「う、うん! いいよ!」


「ふぅ、よし!」


 花むっちゃんが呼吸を整える。


「浅川さんとの外出でどうすれば上手くいくか分からないからアドバイスが欲しい」

「は?」


 自分でもびっくりなくらいの低い声が出た。


「に、仁科さん?」

「つまり花むっちゃんは他の女といい関係になりたいからあたしを利用するってわけね」

「え、ちょ……えぇ!? 仁科さん、えぇ!?」


 何だろう、胸の中から黒い気持ちが溢れてくる。

 こんなの所長や茜さんをバカにできないじゃん!

 何言ってんだ、あたし!


「ごめん……。でも、俺……仁科さんのためにも失敗しちゃいけないと思ってる」

「へ?」

「浅川葵さんは仁科さんと関係の高いお客さんだし、仁科さんの顔を潰さないためにも失敗するわけにいかない」

「あ、……えっとその……」

「恥ずかしい話なんだけど、俺、女性とまともに付き合ったことなくてさ。こんな恥ずかしいこと……同期で一番仲がいいと思ってる仁科さんしか言えないよ」


「おひょっ!」


 一番仲がいい!?

 あたしにしか言えない!?


 やばいやばいやばい、顔がにやけすぎて声が出せない。

 なななんでこんなに嬉しいの! わかんない!


「平穏に乗り切るために知恵を貸してほしい」

「つまり……葵さんと交際したいとかそんなわけじゃないんだね」

「まぁ仲良くになるにこしたことは」

「あァ?」

「仕事に差し支えない関係のまま終えたいと思います」


「分かった。花むっちゃんの気持ちを理解したよ」


 うぅ、まだ胸がドキドキする。

 アタマんなかが熱い。

 あたしも結構パニックになってそう。


「じゃ、じゃあ練習にあたしと遊びにいこうよ! ほら、前言ってた飲みに行くって話あったじゃない」

「まぁ……浅川さんとの約束は休み入って3日目だから、問題ないのか」

「休みの初日の夜に遊ぼう!」

「でも問題はお盆休み、初日って結構どこも混雑してるんだよな。浜山は帰省人口が多いし、予約も大変だよ」


「じゃ、……あたしの家で飲もうよ! そうしよう」


「え!」


「その時、浅川さんと何を話せばいいかレクチャーします。お酒飲んでゲームしてお話しよ!」


「あ、え……まぁ、仁科さんがいいなら」


「いいよ、いいよ! じゃあ、お盆休み初日にね! よろしく!」


 そのまま勢いよく通話を完了した。

 花むっちゃんの声が聞こえなくなると……冷静になってくる。


 あたしの額から汗が流れ始めた。


「あ、あ、あたし何言った……何言った」


 うん、完全にわけもわからずすごいこと言ったよね。


「花むっちゃんを家に連れ込むって……言っちゃったぁ!」


 葵さんのために頑張る彼の姿が何となく怖くなって……思わず誘ってしまった。

 どうしよ、どうしよ……お酒入って2人きりなんてもうそんなのヤってくださいって言ってるようなものじゃない!


「でも花むっちゃんなら……和やかに終わりそうな気もするし……」


 あたし変わったなぁ……。

 こんな性格じゃなかったと思うけど。


 でも、彼の周囲は変わり始めている。葵さんも茜さんも注目しているし、陽葵ちゃんは多分明確に花むっちゃんに好意を抱いている。

 所長はそこまでではないけど、上司と部下として……花むっちゃんが一番崇めている女性って多分所長だ。

 あの人が本気を出せば……きっと。


「いいや、とりあえず部屋を掃除しよ」


 2人きりで会えばこのモヤモヤした気持ちの正体がきっと見えてくる。

 友達として独占したいだけなのかもしれないし、……本当に彼が気になっているのかもしれない。


 今更来るななんて言えないし……しっかり部屋を掃除しておこう。


「でも……襲われた時のための準備もしておかないと……」


 毛の処理に下着とかも新調して、布団も綺麗に洗っておかないと……。

 自分の体をまじまじと見つめる。


「そういえば夏の時……あたしの体をずっと見てたよね」


 血筋の影響か、あたしの家系は胸が大きめになることが多い。

 全体的にふくよかめなのだ。だからダイエットとかすっごく大変。

 お尻とか太ももとかむっちりだし……。


「ちょっと攻めてみるか……」


 でも彼の気を引いてみたい。

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