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63 男、花村と新しい出会い

 7月下旬となり、外に出るだけでスーツの中が汗ばんでくる。

 営業活動も時代にあった格好となり、クールビズを推奨し……暑さ対策をしながら仕事をこなしていた。


 最近は俺も単独での営業活動が増えてきた。

 特に富士市にあるJ社にはテスモの引き合いが増えており、案件拡大という形で精力的に所長が活動していた。

 しかしS社の対応などで手がまわらなくなってきたのと浜山からそこそこ距離があるので俺が単独で担当することになった。


 増えていると言っても、正直台数も少ないし、大型案件もないのだが県内では大きな会社のため今後のために繋ぎ止めはしておけってのが所長の考えである。


「私が担当を外れることになりまして」

「……え、そうなんですか。部署異動とかですか?」

「来年でこの会社を辞めて地元に帰ろうかと思ってるんです」

「そうでしたか……」


 J社の担当者水口さんは恰幅の良い50代の男性である。

 物腰柔らかながら時々鋭い指摘もあり、美作所長もたまに苦戦する所があったくらいだ。

 基本的にすっごく良い人なので……良担当者だった。


「寂しくなりますね……」

「そうですねぇ。美作さんや花村さんにはお世話になりましたからな」

「美作に伝えさせて頂きます。後日、お伺いさせて頂ければ」

「いえいえ、まだ1年はやるので大丈夫ですよ。浜山からは来て頂くのは申し訳ないのですし。それより……後任の担当者を紹介しますね」

「あ、ありがとうございます」


 年配の担当者ってのは役職がなくても意外に権力を持っていることが多い。

 役職の人が担当者の元部下ってのが多く、頭が上がらないので、予算とかに都合をつけてねじ込むことができるのだ。

 なのでこの方が担当者ってのはすごくありがたかったのだが……。

 世代交代はどの会社でもあることなので仕方ないよなぁ。


 水口さんが携帯を使って呼びつける。

 5分後現れたのは20代後半の男性だった。


 俺は立ち上がって礼をし、定型の言葉と名刺を差し出す。


「あ……ども」

宮永(みやなが)くん、ちゃんと挨拶しないか」

「す、すいません」

「名刺は?」

「あ……机の中にあるかと」

「はぁ……」


 水口さんが深いため息をついてしまった。

 新しい担当者は宮永さんと言うらしい。

 うーん、顔は悪くないけど……無精髭はそのままだし会社の制服は汚れが目立っている。

 第一印象はだらしない。


 だが……お客様にそんなことを言う必要もない。


「今後は宮永様に引き継いでいかれる形になるのですね」

「ええ、私が完全に退職するまでは同行しますんで」


 それは助かる。いきなりバトンタッチだったらこっちも対応に困ってしまうからな。

 突然、水口さんの携帯に連絡が入り、俺に断って立ち上がり、後ろを向いてしまった。


 この場には俺と宮永さんだけとなってしまう。

 ここはちゃんとお声をかけしないとな。


「宮永さん、これからやりとりさせて頂く形になると思いますので良い関係でお付き合いさせて頂ければと思います」

「あ、はい。こちらこそ」


「宮永さんはこのあたりの出身なんですか?」

「いえ、浜山ですよ。入社してからこっちに来たんです」


「へぇ……そうなんですか!」

「花村さん、どこ出身なんですか?」

「佐成台の方ですね! 宮永さんは?」


 ふむふむ、どうやら新しい担当者の宮永さんは浜山出身のようだ。

 出身が同じだと地元ネタで話がしやすい。

 水口さんも山梨の方の出身だし、この会社の社員さんは東海出身の人が多いのだろうな。


 宮永さんの出身地も聞いて話は盛り上がる。

 まだ前の担当者さんは戻ってこないのでのんびりと話を続けた。


「花村さんは自分と同じくらいっすよね?」

「ええ、次で27歳になります」

「ってことは俺の方が2つ上っすね。さすがに共通の知り合いはいなさそうっすね」


 聞けば高校、大学も違うので知り合いを通じての面識はないだろう。


「花村さんは結婚してるんですか?」


 結構グイグイくるなこの人。

 でもまぁ、既婚の有無はメモしておくべき事項なので向こうから聞いてくるのはありがたい。

 伴侶を亡くしたとか別れたとかだとデリケートな話になってくるから話題を避けなきゃいけないし。


「いやぁ、まだ早いですよ。でも同期が続々と結婚しているので焦ってきますね」

「あー、それあるっすねぇ」


「失礼ながら宮永さんは?」

「俺もまだっすよ~。でも……まぁ、心配はしてないっす」


 宮永さんは自信ありげに椅子の腰を下げた。


「ってことは恋人がいるってことですね。羨ましいなぁ」

「いやいないっす」


「へ?」

「俺、幼馴染がいるんすよ。小学校から高校までずっと一緒で、口うるさくて、生意気だけど学園の妖精姫って呼ばれるくらい美人なんすよね」


「へぇ……、そんなすごい方がいたんですね。2つ上の世代だから自分も知らなかったなぁ」

「そいつ、俺のことがずっと好きだったんすよ。だから俺が会いにいけばいつでも手のひら返しすると思いますよ」


 幼馴染うらやましいな! しかも美人とは創作の世界かよ!

 俺は自分の創作の世界でしか知らないからなぁ。女友達なんて出来たことないわ。

 物心つく前には実家の隣に2つ上の女の子と同い年の女の子が住んでたらしいけど引っ越ししたって母さんが言っていた。


「じゃあ今もそれなりにお付き合いしてるってことなんですね」

「いやまったく」

「え」

「いやぁ、あいつ身なりをちゃんとしろと上から目線でうるさいんですよ。そんで高校の時、俺もあの時はガキだったからそのへんの女をあてがって……あいつをざまぁしちゃったんすよね」


 え、ええ……。

 さすがに苦笑いだぞ、それは。


「ま、俺も大人になったし寛大な心で接したら元サヤに納まるっしょ。結婚はしてないって聞いてるし」

「そ、そうですね」


 何だろう、とんでもない勘違いな発言ではなかろうか。

 同じ会社ならともかく、違う会社の俺がそれを指摘するわけにはいかない。


 仕事さえしっかりしてくれれば問題ないんだ。


「すみませんね、お待たせして」

「いえいえ」


 ナイスタイミングで水口さんが戻ってきてくれた。

 さっそく引き継ぎの話をする。


「宮永くん、今の間に名刺を持ってきなさい」

「あ、はいっす」


 宮永さんは慌てて立ち上がって……奥の事務所へ去ってしまった。


「すまないね……。手の空いている担当は彼しかいなくてね」

「失礼ながらちょっと変わった方ですね……」

「ズボラというか……配慮にかける発言があるのがね」


 そんな担当者をよこさないでくれ……って思うがまぁ、それはこちらから言えない。

 俺の話術でも話せそうだからうまくコントロールしていくしかなさそうだ。


「何か問題があればすぐに言ってください」

「分かりました」


「あ、すんません」


 宮永さんが戻ってきて、俺に名刺を渡してくれた。


 ふむむ……宮永義昭(みやながよしあき)さんか。

 まぁ円満な関係でいられるよう頑張るとするかな。




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