40 好敵手⑤
「ええ、姉には困っています。昔はあんなんじゃなかったんですけど」
笑っていた。セ、セーフなのか。
家族にも内緒にしてる作家も多いのにうかつな発言をしてしまった。
妹さんもやっぱり幼馴染ざまぁについて思う所はあるのだろう。
「長編もエタってバンバン新作や短編出すし……幼馴染を断罪するためだけに創作するからそうなるんです」
あれれ、雰囲気が変わったぞぉ?
ふわふわな感じだった浅川さんに暗雲が立ちこめる。
「もう、花むっちゃん責任取ってよ」
「え? なんで」
「やはり小説というのは一作入魂なわけです。乱発なんて愚の骨頂」
「あ、あの浅川さん?」
浅川さんはスマホを取り出して提示した。
「私は青い物語というペンネームでみなさんと同じ所で創作しています。みなさんとは同じ先を志す者として交流させてもらっていますよ」
青い物語……?
それはまったく知らない。
お姉さんの紅の葉は有名なWEB作家だったけど、妹さんの方はそうでもないようだ。
スマホを覗いてみると浅川さん(妹)の投稿作は1作のみ……『慧可断臂な勇者の伝説』……やべぇなんて読むか全然わかんねぇ。
へぇ110万文字かぁ……結構な大作じゃないか。すごい……って違う!!
これ1100万文字だ!?
「す、すごいですね……」
「そうでもないですよ。1日5千文字を365日続ければ180万文字くらいになります。それを約6年分続けただけですよ」
「いやいや……そんなの無理ですから!」
潜在も含めてそれなりに書籍化してる俺でも合計してもそんないかんわ!
1年180万文字って結構な量だぞ! この人どれだけ書いてるんだ。
あらすじに構想上の3割執筆済って一生かける気かな!?
「仁科さんのことは好ましく思っていますが……小説に対する姿勢だけは許せません。あんなテンプレハイファンタジーでニワカどもを釣って何が楽しいんですか」
「た、楽しいですもん! 浅川さんの小説なんて誰もついていけてないじゃないですか」
「良いのです。1人でも見てくれる方がいれば……私はその人のために書き続けます」
ああ、ようやく分かったわ。
やっぱこの人、浅川さんの妹だわ。
姉妹共々想いが重い。
「小説はテンプレなど不要。本格的ファンタジーこそ……原点にして頂点なのです」
浅川さんがすっげー勢いでまくし立てている。
幼馴染を断罪している時のお姉さんにそっくりだった。
仁科さんがジト目で俺を見る。
「こうなるから小説の話題は嫌だったんだよ……」
「所長みたいに浅川さんと舌戦しないの?」
「浅川さんに対抗できるのは所長だけだから……。陽葵ちゃんだったら泣いちゃうよ」
確かに……それは感じる。
それから30分、浅川さんが満足するまで俺と仁科さんは待つしかなかったのである。
ああ……なんつーか、何で俺のまわりに急にWEB作家が増えだしてくるのか。
そして何より。
「美女のWEB作家ってみんなクセ強いのかな」
「よく聞こえなかったけど、何であたしの目を見て言ったのかな? ちょっと花むっちゃん、お話しよっか」
この後仁科さんがとても冷たかった。
冷たい彼女もそれはそれで目新しかった。
良き。
◇◇◇
家に帰った俺はのんびりゲーミングチェアに腰かけ、スマホを眺める。
えっと慧可断臂な勇者の伝説。青い物語さんの作品だ。
1話あたり5000文字のそこそこボリュームをほぼ毎日更新。それで1100万文字もつぎこんだのか。
すげぇ……。
俺も書籍化作をそこそこ書いているがせいぜい2,300万くらいじゃないかな……。
しかも同じ作品だもんな。どうやったらこんなにネタが続くんだ……?
地の文が80%くらいあるんだが……死ぬほど読みづらい。
地の文に酔っているってこーいうのを指すんだろうな。これを最後まで読んだ人は神かな。
非テンプレって堂々と書いてるけど、この世で溢れかえってそうな題材なのは何も言うまい。量書けてるのはすごいと思うけど。
「むっ」
ぱらぱらっと1000話以上も続く各話を覗いていると興味深い話のタイトルが見つかった。
俺が『宮廷スローライフ』でやろうとしていた物作りと同じ題目の創作話だったのだ。
俺は1万文字くらいで軽く終わらせたが、この人は10万文字くらいに渡ってたった1つの物事に注力している。
「ふむむ、これはすごい」
話は内容は絶望的につまらないが、資料として非常によくまとまっている。
引用の原典も書いてるし、その原典を参考資料として購入してみるか……。
キャラ達がコミカルなやりとりをしながら1つ1つ物を作る工程を描いているのだ。
そこには成功と失敗が重ねられていた。相当調べて書いているのだろう……。
下手なWEB資料よりも分かりやすい。物語としてでは無く教育資料としてもっと広まるべきな気がする。
やり方を変えれば異世界設定資料集として売りに出せるレベルだぞ、これ。
「でも浅川さんの作品、良い参考書ですねって言ったらブチ切れられるんだろうな」
顧客担当の美人双子姉妹。
びっくり仰天の重さを持つ人達だった。
そしてその2人とはすぐにまた出会うことになる。




