39 好敵手④
『ごめんね花むっちゃん!』
「ああ、それはいいよ。それよりそっちは大丈夫?」
『待たされているだけだし、先にY社に行ってて』
今日は仁科さんと一緒にY社での客先訪問の仕事がある。
今回は顔合わせという形の同行だったのだが、仁科さんの最初の仕事がトラブルで押している状態だ。
ギリギリ間に合うか間に合わないかの瀬戸際らしく、お客様を待たせるわけにもいかないので俺だけいったん先へ行き、挨拶をさせてもらうということだ。
守衛で受け付けをして、構内に入り、受付の窓口へと行く。
さてと担当者の連絡先の名前は仁科さんからメールで送られてくるはず……。
あ、来た来た。10分ぐらい遅れるか……。ん?
「担当者……浅川さん?」
浅川さんと言えば先日のあの所長との騒動を思い出す。
あんな綺麗な顔をして優しげな感じなのに書くWEB小説はほぼ幼馴染ざまぁ。
2日後に投稿した作品もなかなかえぐかったな……。幼馴染から主人公を奪っていくあの闇の心情描写は凄すぎる。
あの柔らかな笑みを浮かべる浅川さんを射止める人はすごい人だろうなと思ってたけど、あの心情をさらに知った上で受け入れるのは大変なんだろうなと思う。
ま、いいや。担当者を呼び出そう。
「いつもお世話になります。私、株式会社フォーレスの花村と申します。本日、弊社の仁科とお伺いさせて頂く予定となっておりましたが……」
無難の説明をして、担当者の浅川さんを待つ。
浅川なんてよくある名前だし、鈴木、佐藤、田中なんかはどこでも見る名前ゆえに被ることも多い。
気にせず……待つ……っ?
ショートボブスタイル栗色の髪の女性がスラっとしたレディーススーツに身を包みこちらへ歩いて来る。
めちゃくちゃ綺麗な人って……。
「浅川さんですか!?」
「あ、はい……浅川ですけど」
「あ、すみません。えっと、その……」
「もしかして……姉と間違えていませんか?」
「え」
まさかこの展開……。
「S社にいるのが姉の茜で。私は双子の妹の葵と言います。浅川葵です」
ま、まさか……そんなびっくりなことが起こるなんて思ってもみなかった。
◇◇◇
「すみません、遅くなりました!」
Y社の打ち合わせルームに仁科さんがやってくる。
かなり慌ててきたみたいで、予定よりも早く来た。
「浅川さん、遅くなってごめんなさい」
「花村さんがお相手してくれたので大丈夫ですよ」
「はなむ……じゃなくて花村くん、何の話してたの?」
仁科さんから花村くんと言われるのは何だか目新しくてむず痒い。
いやぁ、本当に話が盛り上がった。
仁科さんが来るまでの待ち時間があっという間だったよ。
「仁科さんの話」
「なんであたしの話!?」
「仁科さんがとってもかわいいって話を花村さんとしていたんですよ」
「ちょ、え、浅川さん!?」
「聞きましたよ。ロシアンたこやきを作って持って行ったら自分がわさびいっぱいのたこやきを食べて涙目になったことや……ジャケットを反対に着ている状態でドヤ顔で身だしなみはちゃんとしなきゃだめだよって注意する所がたまらなくかわいいって」
「そんなかわいいだなんて……って、花村くん!」
「ご、ごめん! 浅川さんの誘導尋問が上手くて、仁科さんのかわいい所を言っちゃたんだよ!」
「かわいいって……もう! 花むっちゃんのバカ」
仁科さんは頬を膨らませてぷいと怒ってしまう。
でもそんな姿がかわいいいと思うのは悪いことだろうか。
浅川さんが、仁科さんはいつもにこにこしていて話してて楽しいって言うもんだからついつい、仁科さんの素顔を話してしまった。
情報を聞き出す力がすごいというか……さすがあの浅川さんの妹だなって思う。
「しかし、お姉さんがS社で、浅川さんがY社って不思議な感じですね」
「地元企業ですからね。たまたまフォーレスさんとやりとりがあるだけで偶然ですよ」
しかし、双子だけあってよく顔は似ている。
違うのは……ボディだけかな。お姉さんは胸部が突き出ていたけど、妹さんはすらっとしている。凹凸美人双子姉妹ってありえるんだな……。
しかし、所長も絶対知ってるはずがだからわざと言わなかったんだろうな。
顔は似ているが姉の茜さんはわりとびしっとしているのに対して妹の葵さんはほんわかした感じがする。
正直美作所長よりも仁科さんよりの相手だなと思う。
「仁科さんと花村さんはすごく仲良しなんですねぇ。良い仲なのですか?」
「ち、違います! もう浅川さん、わざと言ってますよね!」
「はい! 顔を真っ赤にさせる仁科さんが可愛くてぇ」
でも姉同様なかなかの食わせ者だと思う。
「花村さんもそう思いますよねぇ」
油断してるとこのようなキラーパスがくるので気をつけなければならないのだ。
「か、彼女の笑顔にいつも救われているのは事実です」
意味ありげな言葉は避けて無難に回答できたと思う……。
「もうちょっといい言葉で褒めてくれてもいいのに」
「あの……仁科さん、今仕事中だから」
「分かってます! ふんだ」
「ふふ、やっぱり仲良しさんですねぇ」
完全に手玉に取られている……。
しかし良い仲か。
口には出せないけど仁科さんと良い関係になれたら……きっと楽しい日々になるのだろうなと思う。
「あ、そういえばお姉さんが小説を書かれているって聞きましたけど浅川さんも書かれていたりするんですか?」
「花村くん、それは!?」
仁科さんの表情が変わる。もしかして秘匿事項だった?
やらかしてしまったかと心の底が冷える。
しかし、浅川さんは……。




