38 好敵手③
「幼い頃から培ってきた友情が長い時を経て、少しずつ少しずつ恋に変わっていくのよ! でもそれを恋だと自覚すると今までの関係が崩れてしまいそうで、でも先へ進みたいそんな男女の思いが幼馴染愛にはこめられている!」
「そんなものは幻想です。幼馴染なんてただ家が近所とかそんなんばっかりじゃないですか。大した努力もせずに主人公を奪っていく雌猫を断罪することが正義。幼馴染なんて絶対負けてしまえばいいんです」
「ほんと浅川さんのそういう所信じられないわ」
「正直、美作さんとわかり合えると思っていませんからね」
「幼馴染の良さがなぜ分かってくれないの!?」
「忌むべきものです。幼馴染などこの世から滅びればいいです」
あ、おそば美味しい。
ここのそばめっちゃ美味いな。
プライベートでも来ようかな。
さっきからひっどい言い合いが開始されている。
昼飯を食いながらなのに険悪な雰囲気で所長と浅川さんが討論している。
いや、なんなの。さっきまでめちゃくちゃ丁寧で仲良かったじゃないか。
ほんと意味が分からない。
2人の弾丸トークが一段落ついたのを見計らって口を出す。
「あの……ちょっと横やりいれてもいいですか?」
「あ、花村さんの前で恥ずかしいことを……」
浅川さんが恥ずかしそうにぽっと頬を赤らめる。美女のそんな顔見ながら食う蕎麦はマジで美味い。
俺の存在完全に視界から消えてたっぽいな。
とりあえず、分かったことがある。
「浅川さんもWEBに小説を投稿してるんですね……」
「ええ、そうよ。私と浅川さんはWEB投稿小説仲間。プライベートでもたまに話をしているの」
「花村さんも理解あると美作さんに聞いていたので……つい、白熱してしまいました」
理解はあるけど、美女同士が幼馴染について激論することには理解がないと思う。
正直ちょっと引いたもん。
「浅川さんはどんな小説を書かれているんですか?」
「はい、私は幼馴染ざまぁをメインで書いているんですよ!」
すっごい笑顔で幼馴染ざまぁって言い放ったな。
所長に対抗するわけだし、何となくそんな気がしてきた。
「恥ずかしながら……これが私のペンネームです」
「……へぇ、紅の葉さんですか。浅川さんって下の名前は茜さんでしたっけ。赤っぽくってすごく良い名前、ううううううううん!?」
この名前、見たことあるぞ!
というか結構な頻度で見たことあるぞ。
「花村くんは知ってるかもしれないわね。浅川さんこと、紅の葉さんはWEBサイトのラブコメジャンルのランカーよ」
そうだ! 俺はこのペンネーム知っている。
紅の葉。
ラブコメジャンルにおいて無類の強さを誇る作家である。
投稿すると瞬く間にランキング上位5位以内に入る、人気作家の1人だ。
書籍化作家ではないようだがその理由は間違いなく、投稿作のおおよそ9割が幼馴染ざまぁを書いている所にあるだろう。
もうかわいそうになるくらい幼馴染を叩くのでアンチも多いが、その濃厚な闇が狂おしいほど美しいという声も多く、紅の葉の人気は高い。
この落ち着いて美しい浅川さんが悲しいほどにまで幼馴染を叩くのか……。
これは結構そそるぞ。綺麗なバラにはトゲがある理論だと思う。
「私としては好敵手なのよね。幼馴染ラブをもっとWEBで流行らせるには紅の葉を倒す必要があるの」
「ふふ、美作さんにはまだまだ負けませんよ」
確かにランキングにまともに載れない所長のラブコメ作では太刀打ちは難しい。
そのあたりは本人達がよく分かっているだろう。
「浅川さんはどうして幼馴染ざまぁを書くんですか?」
「ふふふ」
目が怖い。
「そんなの決まってます。学生時代の彼氏が幼馴染に盗られてしまったからです」
あ……。
「部活の先輩だったのですがずっと好きでアピールして告白して、やっと付き合えたと思ったら……1週間後に、ごめんやっぱ付き合えないって言われて」
なんか浅川さん笑っているのに全然笑っているように見えない。
「ずっと側にいてくれた同級生の幼馴染が好きって……。容姿も学力もその他のことだって私の方が優れていたのにあの女狐、絶対許せない許せない許せない」
「も、もういいですよ!?」
「彼女は私とは逆バージョンね。そして10年近く経っても未だに怨みを忘れられない。」
「幼馴染をぶっ倒す」
こええええええ。
浅川さん裏の顔、怖すぎだろ。美人の闇って美しい分迫力あるよなぁ。
なるほど、この闇があの純度の深い闇作品を創造してしまうのか。
まぁ……創作って心の内を叫び出すものだから別段悪くはないと思う。
「だから決めたのよ。私が幼馴染愛を持って、浅川さんの闇を解き放ってみせる!」
「おおー、所長かっこいい!」
「ですが、美作さん。私の作品、お米炊子先生から感想を頂いたことあるんですよ」
「負けた……」
「所長おおおおおお!」
実は紅の葉さんの作品が好きでユーザーのお気にいり登録してたりする。
俺はあんな闇に溢れた作品は書けないので素直に尊敬しているのだ。
この人がガチで流行を書いたらすぐに書籍化作家になると思うんだけどな……。
「次の新作で浅川さんを抜いて日間1位になってみせる!」
「ふふふ、幼馴染など所詮偶像の産物、打ち破って見せますよ!」
この二人の言い合いがさらに過激になってしまう。
この話……いったい、どうなってしまうんだ!
ピピピ
13時を示すアラームがなり響いた。
どうやら所長のスマホから発せられたようだ。
「それじゃ先ほどの続きをしますね。テスモのサンプル入口フィルターの改良版のデータをPDFを送ったのですが」
「ああ、見させて頂きました。少し費用が高いのが気になりますが交換頻度が減るのはこちらの労力」
「いきなり仕事モードになるんすか!?」
2人とも素に戻ったからびっくりするわ!
「花村くん、仕事とプライベートは分けるものよ」
「そうですね。仕事をきっちりすることでプライベートがより充実するのだと思います」
「同感です。やっぱり浅川さんとは合いますね」
「ふふふ、そういう意味では美作さんを弊社へヘッドハンティングしたいところです」
1分前まで幼馴染で争ってた2人が和やかに笑い始める、
もうわけがわからん……。
俺は何も口を挟むことができなかった。
◇◇◇
今日は衝撃的だった。
あの後、商談はしっかりとまとまって何のことなくお仕事は終わることになる。
お昼のエピソードがなきゃ所長すげー、浅川さん美しいで終わったんだけどなぁ……。
家に帰ってすぐにスマホでWEB小説サイトのページに飛ぶ。
紅の葉さんか……。あ、新作出してる。
お気にいり登録してるから欄に現れるのだ。
「幼馴染を絶対破滅させるラブコメ」
相変わらず闇がやべぇ……。絶対幼馴染ぶっ殺すウーマンになってんじゃねーか。
そもそも破滅させるのにラブコメってどういうことだろう。
あ、でも面白い。文才はあるから止められぬ……。
相手が書籍化してなくたって面白い作品はやっぱい面白い。




