36 好敵手①
「花村くん、今日は私と一緒に来てもらえるかしら?」
「はい、ぜひ!」
美作所長に声をかけられ、当然俺は喜んで同行させてもらう。
営業手腕として、やはり所長は実力は半端ない。見ていて勉強になるし、何より格好がいい。
実際はすっごく小柄なんだけどかっこいい先輩ってのは大きく見えるものだ。
あと美作所長が美人すぎて、後ろで歩く俺が選ばれた戦士みたいで気持ちがよい。
でもいつか後ろじゃなく、隣を歩けるようになるといいな。
「ほら、さっさと行くわよ」
「は、はい!」
まだまだ先は長いけど……。
◇◇◇
梅雨の時期。
今日の顧客は浜山に本社を置くS社だ。
そのS社には大量のテスモを納入しているのだが、今日行く部署は納入の数は少ないがサンプルをかなり特殊なものを使っており、ダストの除去のフィルターも頻繁に交換をしないといけない。
そのため毎月その担当部署には直接フィルターを届けに行っているのだ。
郵送すればいいってのが尤もだが、そこは美作所長の手腕。他にも何件か受注案件をもぎ取ってくるので顔合わせするってのは大事なことだと分かる。
ただ毎回受注が取れるわけでもないので正直な所、届けに行くだけなら美作所長じゃなくて俺が行ってもよかった。
……なぜか今日まで連れてってくれなかった。
社用車なので俺が運転し、和やかに助手席の所長と会話する。
せっかくだし、この話をしてみよう。
「いつもは所長1人で行くのに珍しいですね」
「そうね。本当はこの案件は花村くんに任せたいって思っているのよ。でもちょっと担当者がね……」
「ややこしい人なんですか? だからいつも所長が……」
「違うわ。ややこしいどころか、上顧客よ。受け答えは丁寧だし、ミスはしないし、頭はいいし、こちらの提案をかみ砕いてくれた上で返答をくれるから信頼関係も築ける」
「そんなすごい人が何で……」
「つまりね」
所長はふぅっと息を吐いて車内の外を見る。
「男なら誰もが見惚れるぐらい美人なのよね」
「ほぅ……そんなに美人なんですか?」
「ええ、仁科や陽葵に負けてないわよ」
「じゃあ、所長ぐらい美人ってことじゃないですか!」
「ぶほっ! あ、あなたわざとなの!」
「あ、……すみません」
「まったくもう……変なこと言わないの」
ちらりと横目で見ていると少し頬を赤くした所長がまったく……とぶつぶつ呟いていた。
今のセリフはさすがにまずった。褒め言葉のつもりだったのだったが……怒られてしまった。
もしかしてセクハラ的な言葉だったかもしれない。
俺が書いてるラブコメだったらヒロインは喜ぶはずなんだけど……やはり現実とは違うか。
「担当者の名前は浅川さん。本当に綺麗な人で……彼女目当てで担当をかって出る人が多いのよ。だから基本的に女性か信頼できる人しか応対しないわ」
「そこまでですか……」
「珍しくないわよ。仁科だってよく手紙もらってくるでしょ」
仁科さんも美女営業レディなためよく食事のお誘いが来るらしい。
仁科さんが来ると分かると休日を返上する担当者もいるとか……。
気持ちはすごい分かる。同行すると分かるんだけど仁科さんっていつもにこにこ顔で話すんだよな。
俺が客だったらメロメロだわ。同僚じゃなかったら崇拝してたね、マジで。
「所長もモテモテですもんね」
「私達は仕事に来てるんであって、婚活しに来てるんじゃないの」
「あはは、そうですよね」
「だから花村くん、いくら浅川さんが美人でも、決して信頼を裏切るマネはしないこと……分かるわね?」
「は、はい! もちろんです」
「そんな浅川さんの担当にあなたをつける私の信頼も……分かるわね?」
うっ、それを言われると責任重大だ。
所長が俺に任せてくれるってことはこの2ヶ月で信頼を勝ち取ったってことだ。
守衛で手続きを行い、S社の本社の中を社有車で通る。
指定の駐車場に置いて、納入品を担いだ。
「でも男手はありがたいわ。私にはちょっと大きいもの」
「何でも運ぶんで任せてください」
荷物を持ちながら所長の後を追っていく。
受付場に到着し、さっそく所長は内線電話で担当者の浅川さんを呼び出した。
5分ほど待った後、コツコツと足音を立ててやってきた。
浅川さんは来られたようだ。正直荷物がそこそこ大きくて前が思うように見えない。
かろうじて見える範囲で浅川さんの顔を見ていた。
「美作さん、おはようございます」
うわぁ……。本当に美人さんだ。
穏やかなシックな色合いのレディーススーツに身を包み、鼻筋の通った美しい方の柔和な笑みは思わずじっと見続けてしまいそうだった。
肩までまっすぐ髪を伸ばし、先がまとまった栗色の髪は潤いを帯びており、確かにこの美しさ、目を見開いてしまう。
所長と同じくらい綺麗な人が案外近くにいるもんだとびっくりした。