34 作家『お米炊子』と絵師『スペシウム』②
「おひさし!」
「おう、おひさし!」
浜山に戻ってきた時房と両手を合わせる。
高校の時は普通の友達って感じだったけど、お互い創作の世界に入ったからわりと運命共同体って感じになっている。
1人で創作するのは寂しいからありがたいことだ。
今日は浜山駅の中にある商業施設の高階層にある山島書店さんにお邪魔している。
俺は時房……じゃなくスペシウム先生のお手伝いってことでスタッフとして入らせてもらうことになった。
さすがにお米炊子の名は出したくはない。ここは地元なのだから。
「花村くん、おはよ~」
「ああ、奥さんも来てたんだな」
時房の奥さんの由希子さん。
2歳になる息子の正樹の手を繋いでいる。
夫婦仲は良好、メシと絵がめちゃくちゃ上手い。
「花村に会いたいって言って無理について来たんだぜ」
「マジか、いや照れるなぁ」
「どーしても花村くんに直接言いたいことがあって」
奥さんは少し言いづらそうにモジモジとする。
親友の奥さんとはいえ、何だか照れてしまうな……。女性経験の少なさがきついぜ。
奥さんがぐいっと顔を近づけてきた。
「【妹サマ】の最新刊で敵国の王子出してたじゃん。第一王子と絡ませるのは大好物なんだけど……受けと攻めが安定しないのは絵を描くにも解釈違いで困るからもうちょっと何とかして」
「はい、申し訳ございません」
奥さんはイラストレーターでもあり、俺の異世界恋愛作の【妹サマ】の熱狂的なファンだ。
本作書いてる時に女性向けってのがやっぱり分からない所があったので結構相談に乗ってもらっていた。
俺にスパダリとは何なのかを指導してくださった。
でも未だによく分からん。
多分九宝さんと話が合うと思う。
あとお米炊子とスペシウムをイケメン擬人化して何かイチャイチャさせるのが趣味ということで一部の界隈では盛り上がっている。
「まぁ旦那の実家に顔を出したかったから、子供連れて来たんだけどね」
「正樹くんもこんにちはー」
まだ2歳の正樹くんは奥さんの足にしがみ付く。
かわいいなぁ……。俺も子供欲しくなるぜ。恋人いないけど。
そうしてちっちゃい口がゆっくり開いた。
「わきなめ太郎」
「おい、子供に何を教えてんだ」
「俺じゃないぞ! 由希子がワキ舐め太郎が最新話更新されたって言うから……」
「あんただっていつもワキ舐め太郎からプロット来た言ってることじゃ!」
「本人の前で言うのワザとかコラ」
罪のなすりつけあいの醜い争いをし始めた。なんてひどい夫婦だ。
こんなやりとりも東京にいた時は何回も見ていたし、今更目くじら立てることはない。
しかし、この夫婦の性癖も相当ひどいって俺はよく知っている。
「スペシウム先生、ご準備をお願いします」
「はい、分かりました!」
サイン会というのは様々なやり方があり、これが正解というものはない。
今回のスペシウム先生は事前の抽選応募があって50組限定となっている。
1組も3人までの同行を許可されており、スペシウム先生の原作コミックとあとは【同天】、【美月さんと太一くん】の書籍購入と一緒に背表紙にサインがもらえるという形らしい。
さらにサービスで同作品のメインキャラのラフイラストを色紙に描いてくれるそうなので結構応募が殺到したとか。
地方都市なのに結構ファンがいるんだなぁって思う。
さっきからちらちら人が増えているので応募が外れたスペシウム先生のファンが見物に来たってところだろうか。今日は休日だしね。
男性向けコミックだけど、女性ファンが多いな。
やっぱ……キャスとかyoutubeでスペシウムはトーク動画をあげてるから結構多いんだろうな……。
ちなみに既婚者であることは公開してるのでそこは問題なし。
「応募券を持っている方はお並び下さい」
俺の役割はスペシウム先生の後ろについて、新しい色紙を奥から持ってきたりすることだ。
顔バレしないようにマスクとサングラスをするのを忘れない。
「【同天】の天奈ちゃんでお願いします~。先生の3巻のカバーイラストが大好きで嬉しいです」
「ありがとうね~」
「美月さんのあのポンコツっぷりが好きです! 料理炎上させてるところでアワアワしている感じでお願いします」
「はいはい~、任せてね」
スペシウムのコミックのイラスト希望する人が多いけど、ちょくちょくと俺が原作の作品のイラストを希望する人も増えてきた。
俺もやっぱりサイン会とかした方がいいのかなぁ。顔出し無しなのは変わらないけど、生の声を聞くと嬉しさが違うよ。
スペシウムも笑顔で握手して、サイン書いて、簡単にラフイラストを描いている。
絵師ってほんとすごいなぁ。俺は絵が描けないから羨ましく思う。
「ぼ、僕も……【同天】でわ、ワキを舐めるに目覚めて……【同天】の天奈ちゃんが舐められるシーンをお願い……うひっ」
「お、おう……。分かりました」
スマン……。若い少年の性癖の扉を開けてしまった申し訳なさがこみ上げる。
スペシウムに悪いことをさせてしまった気がする。晩の飲み代は奢ろう。
さて、時間は過ぎて残り5人ほどになった。
特に問題なく終わりそうだな。
その時、……俺の時が止まった。
「早く早くーーーっ! スペシウム先生に美月さんと太一くんを描いてもらうんだから!」
「待って下さいよ所長! あたしは何描いてもらおうかなぁ」
「わたしは美月ちゃんの弟の星斗くんですね。イケメン弟キャラですよ、やはり」
何であの3人がここにいるーーーっ!?
美作所長と仁科さんと九宝さんが列に並んでいたのだ。
この展開は予想してなかった。ありえないぞ!
待て待て待て。そういえば……。
この前の金曜の昼にあんなことを言っていた気が……。




