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32 (陽葵視点)わたしはあなたを知っています②

「……急に胸を押さえ始めて……」

「分かった。君は救急車を呼んでくれ!」


 その人は男性の意識状況を確認。意識はあるようなので、体を持ち上げて、楽な姿勢になるように促した。

 その間に救急に連絡して……不器用ながらもこの公園の場所を説明した。


 その人はテキパキと動いて、男性への処置を行う。

 わたしはその行動を見ていることしかできなかった。

 ……それからすぐ……救急隊員が現れる。


「俺、付き添います。何度かお話したことある方なので」


 救急隊員によって初老の男性は担架で運ばれていく。

 その人に付きそうらしい。

 わたしも何かした方がいいのだろうか……でもわたしに何が出来るわけでもない。

 困惑してるところにその人が目の前に現れた、


「連絡してくれてありがとう。君のおかげで軽い症状ですみそうだ」

「……で、でもわたし……何もできなくて」

「そんなことはないよ。君の勇気ある行動があの人を救ったんだ。君は偉いよ」

「あ……」


 その人の優しい言葉に救われたような気がした。

 家族から逃げているわたしが……世界の何の役にも立たないわたしが何か一つでも役に立てることがあるのならと……本当に嬉しかった。


「あの!」

「ん?」

「これ……冷めちゃってけど良かったら飲んでください」


 寒くなったので暖まろうと思い、さっき自販機でコーヒーを買ったのだけど間違えてわたしの飲めないブラックを買ってしまっていた。

 御礼にはならないかもだけど……わたしは御礼を伝えたかった。


「ありがと。俺、ブラック好きだし、助かるよ」


 その人は笑顔で答えてくれて、わたしから離れて救急隊員のところへ行く。

 救急隊員の人が彼に声をかけた。 


「あなたの名前を教えてください」

「あ、花村飛鷹っていいます」


 救急隊員に告げているそこで初めて……その人の名前を知ることになる。


 そして春。高校3年生になったわたしはまたいつものベンチで腰をかける。

 あの時から学校の事情で自然公園に足を運ぶのを控えていたから久しぶりの公園だった。

 花村さんが通りがかった時……声をかけることができるだろうか。

 わたしのことを覚えてるだろうか……。そんなことを思っていたが。


 花村さんが現れることはなかった。

 2週間経ってようやく気付く、高校2年の時、花村さんが22歳だと言っていた。……順当にいけばもう花村さんは就職しているはずだ。

 就職してなかったとか、わたしと同じように何かしらの活動で来てなかっただけなんじゃと思い、わたしは1年間……この場で本を読み続けたが花村さんに会うことはなかった。


 優しい大人のお兄さん。

 少女漫画的に恋をしたわけではなかったけど……気になっていたのは間違いなかった。


 こうしてこの時の思い出も忘れそうになった頃、短大を卒業して入社した会社で彼の存在を知ることになる。

 惜しくも気付いたのは浜山に配属された後の話だった。

 気付いた理由はたまたま眺めていた社内報に彼の名前と写真が載っていたのだ。

 新製品『テスモ』設計・開発グループの一員ということであの公園で見た花村さんと同じ顔が載っていた。

 わたしは思わず社内報の彼の姿に○を付けてしまった。

 今は東京の本社で働いているらしい。やっぱり就職で来なくなったんだということが分かった。

 もっと早く気付いていれば本社の研修中の時に出会うことができたのに……。


 でもその1年後、まさかの転勤で花村さんが浜山へ来ることになる。


 ◇◇◇



「おはよう。九宝さん、早いね」


「おはようございます。花村さん」


 就業時間より早い8時、わたしが出社した時、花村さんはすでに出社して仕事を始めていた。


「今日は早いですね」

「先週ちょっと仕事が追いつかなくてね。ちょっと早めに来て準備を……」

「ダメですよ。仕事するならタイムカードをつけないと」

「ご、ごめんなさい」


 この4歳年上の先輩が項垂れてしまう。

 ふふ、あの時と変わらないなぁ。さすがに自然公園で出会った時のことは覚えていないようだ。

 そりゃあの時と髪型は違うし、あの時はまだ高校生だった。今はお化粧もしてるから気付かないのも仕方ない。

 わたしだけが知っていて、どこかのタイミングでぶちまけた時、花村さんがどんな顔をするのかが楽しみでたまらない。


 わたしは花村さんにインスタントコーヒーを入れてあげることにした。


「花村さん、ブラックが好きでしたよね?」

「ありがとう。あれ? 俺、ブラックが好きなのって言ったっけ」

「言ったかもしれませんね。昔どこかで……」


 わたしが言うか、花村さんが思い出すか……どっちが先でしょうね。

 優しくて強いあなたをわたしは気になっています。

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