30 悪役令嬢の後輩③
「え!?」
「世間で言われる悪役令嬢とはちょっと違います。人をいじめたりすることなんてできないですし、主人公を出し抜ける力なんてあるわけもないです」
九宝さんは続ける。
「父が……わたしの父が横暴な人でして、パワハラ上等のそこそこ大きな会社の社長だったのですよ。家庭でもそんな感じでしたからまさしく悪役ですよね」
「それは……」
「そして父は腹心の部下に会社を乗っ取られました。これだけならよかったんですが……その人の復讐により被害は家族にまで及んでしまい、わたしと母は路頭に迷うことになりました。傲慢で横暴な父は性格を改められず、他で女を作って私達を捨て……裕福だったはずのわたし達はあっという間に没落してしまったわけです」
「そんなことがあったのか」
「礼儀作法には厳しかった母ですが、働く方はからっきしで……。でも生活費を稼ぐためにパートを始めたり……大変でした。わたしも奨学金を受けながら短大に通い、バイトを続けて生活費を稼いでいました。今、就職もして安定してきたのでこうやってコーヒーを飲んで執筆するくらいの余裕ができるようになりました」
「だから、九宝さんは小説が趣味で悪役令嬢のお話を書くのか」
「お金のかからない趣味ですからね。わたしは没落してしまい……そのまま這い上がることはできませんけど、お話の主人公は報われてほしいと思うのです。その話がたくさんの人に読まれるようになれば悪役令嬢のわたしも救われるかなって」
「そうだね。きっと報われるよ」
九宝さんは首を横にふった。
「お話もなかなか上手くいかなくて……最近はランキングともご無沙汰ですし」
異世界の令嬢関係の恋愛作品は例のWEBサイトで難関と言われるほど難しいジャンルだ。
上がる時はぐっと上がるんだけど需要と供給量が多く、九宝さんの作品もランキングに上がれていないように見える。
「わたしは弱い人間です。さっきも花村さんが助けてくださらなかったら……パニックになったままでしょう」
「まぁ……あのままだったら多分店員さんが助けてくれたと思うよ」
「こんな気弱な気持ちだったら。もし……父親が接触してきたら逆らえず縮こまってしまうでしょうね」
「接触する可能性があるのか?」
「腐っても九宝の娘ですから。父は九宝本家の長男で……父が嫁に出してやるなんて言って来そうで怖いんです。だから私は……就職して1人の女性として強くなりたいと思いました」
そうか……そういう事情があったんだな。
だったら九宝さんにかける言葉は1つしかない。
「九宝さん。君は強くなってるよ」
「え? そんなこと」
「だってこの間の件があってからサービスチームとちゃんと会話できるようになったじゃないか」
「それは花村さんが何を聞けばいいかレクチャーしてくれたから」
「でもそのおかげで屈強な男のサービスチームとしっかり会話できるようになったじゃないか。それは強くなったと同じじゃないか」
「……そ、そうかも」
「怒られなくなったし、最近装置の問い合わせが来ても伸び伸びやっているように見えるよ」
自分の成長ってのはなかなか気付かないものだ。
人から言われて初めて理解することも多い。
「それに所長や仁科さんと一緒に外周りをし始めて、初めて商談を取りまとめたと言ってたじゃないか」
「……2人にフォローされっぱなしでしたけど」
「最初はそれでいいんだ。それで経験値が上がっていく。経験値を手に入れればレベルが上がって……九宝さんはもっと強くなる」
九宝さんは俺の話を噛みしめるように聞いている。
実感があるのだろう。
「1人で強くなる必要はない。俺や所長、仁科さんが側にいるから。一緒に強くなろう」
「はい! ありがとうございます」
「父親が文句を言ってきそうなら俺も力になるから! 九宝さんはどんどん強くなっているからもう放っておいてくれってな!」
「うふふ……」
九宝さんは今までは型にはまった笑い方だったけど、どこか殻を破ったような笑い方をした。
「やっぱり花村さんはみんなに優しい所、昔から変わりませんね」
「へ?」
「花村さんが悪役令嬢を溺愛してくれる王子様だったらなーってふふ、冗談です」
王子様なんてまったくガラじゃないのにその綺麗な笑みで言われたら王子でもなんでもなってやろうって気になるじゃないか……。
美しく、優秀な後輩と仲が深められた気がして、いい朝だったと思う。
「今後もおにーちゃんを頼らせてもらいますね!」
「ああ、任せておきな!」
強い言葉を吐いちゃったけど……年下で綺麗なこの子が笑顔になれるなら、俺も強くならなきゃ……そう思える。
みんなで強くなろう。




