27 (美作視点)もしかして君は幼馴染だった?
私、美作凛音は自分がそこそこ優秀な人間だと自覚している。
中途で入社したこの会社では小さな事業所だけど、最年少で所長になることはできたし、2年連続で営業セールス額は日本一。
会社内外から食事のお誘いやヘットハンディングなども後を絶たず、この前なんかモデルになりませんかとまで言われた。
身長があれば世界狙えたのにって言われた時はムカっと来たけど……。
そんな私がそこそこと自称してしまうのはきっと……これのせいだろう。
「あああああ……、やっぱツイッターのラブコメ漫画は尊いわぁぁ! ビールが進む進む」
休日、実家の2階の自室でビールを飲みながらWEBでアップされているラブコメ作品を見て、一人悶えるこの姿、絶対に部下には見せられないわね。
「はぁ……ほんとあんたって子は」
いつのまにか私の部屋に入ってきた母さんが何度目かのため息を吐く。
私は事務所近くのマンションで一人暮らしをしているが元々出身は浜山だ。
土日はいつも実家に帰って親のすねをかじって英気を養っているのだ。
平日の私を維持するにはこれぐらいのことは必要。
「おおおーー。お米炊子先生、【同天】更新してんじゃない! って短いわよおおお。1万文字書きなさいよね!」
私の愛の師匠、お米炊子先生。
【同天】の書籍は全部特典持ってるし、ヒロインのグッズだって持ってる。
コミカライズなんて本が破れかけるくらい読んだわ。
自分も同じようにWEBサイトでラブコメ書いてるから1万文字書く大変さは理解している。
でも……好きなんだから仕方ない。
「最近、更新少ないのよねぇ……何で、お米先生兼業なのよ! 仕事させんな! 上司出てこい、私が説教してやるううう!」
「もう、凛音うるさい!」
「だってぇ」
「まったく……【義昭】くんと一緒にいた時はそんなだらしなくなかったのに」
「ふん、あいつの名前を言わないで」
隣の家に住んでいたあの男の名前を言われて、思わずカッっとなる。
高校生の時に絶縁されてもう10年かぁ……。
あの時の女と結婚したのかしら。ま、どうでもいいけど。
「私は、私で元気にやってんの。別に孫の顔は妹が見せてんだからいいでしょ」
お姉ちゃん子だった妹ももう26で、昨年結婚して嫁いでいった。
今、妊娠中なので私はもうすぐ甥か姪ができる。
「会社にいい人はいないの?」
「だから女ばっかって言ったじゃん」
毎回のように客先に行ったら食事に誘われるけどね。
こんな性格だとバレたら仕事に支障でそうだから少なくとも男を見つけるなら仕事の外かなー。
でも誰かと交際したら執筆活動とかやりづらくなるのかしら。
結婚しながら作家してる先生もいるし……無理ではないけど、見つけるのが大変よねぇ。
「あなたに理解のある彼くんがいたらねぇ」
「それ絶対違う意味だから……。でも……彼か」
思い浮かぶとしたら……最近、部下になった花村くんだろう。
私がWEB小説作家だったことにびっくりしていたけど、特に偏見もなく接してくれる。
まぁ彼自身オタク気質がありそうだし……でも理解のある異性ってのはありがたい。
仕事は真面目だし、言葉遣いや行動も丁寧。私が弱かった製品知識にも強いし……正直いい人事だと思っている。
何より仁科や陽葵にも信頼されているのが一番いいことだった。
信頼できるのは仕事において最も重要なファクターだ。
私の過去の恥ずかしい話もしっかりと聞いてくれたし……本当に良い子なのよね。
転びそうになった時、支えてくれた彼の腕が思ったより力強くてドキっとしたの思い出す。
「ったく……28にもなって何思ってんのかしら」
「ちっちゃいときはこんなに可愛かったのにね」
母さんがいつのまにか取り出したアルバムを眺めていた。
「ちょ、やめてよ!」
恥ずかしくなり、母さんからアルバムをひっぺがす。
アルバムがばさりと床に落ちて、ページが開いた。
子供の時はずっと同い年の義昭と一緒だった。
アルバムには何枚も何枚も一緒にいる写真があったのだ。
消滅させたくてたまらないけど、親からすれば子供の写真は宝物ということで私の手が届かない所で保管されている。
しかし、今回開かれたアルバムには義昭がいなかった。
4歳くらいの私とさらに小さい別の男の子が手を繋いでいたのだ。
「この子……誰?」
「懐かしいわね。ほらっ、覚えてない? あんたが6歳になるまで浜山の佐成台に住んでいたじゃない」
「ああ……そだっけ」
今の家は6歳からずっとだ。幼馴染である義昭ともここで出会った。
「その時隣に住んでた花村さんちの子よ。あんたにべったりの子でね。おねーちゃんって凄く懐いてたのよ」
「むぐっ!?」
そういえば……花村くんの実家って浜山だったわね。佐成台かどうかまでは知らないけど。
この写真の男の子は……多分2歳ぐらいかしら。
まさか……まさかね。
「見なかったことにしよう」
彼が実は幼馴染だったなんて……ありえないことなんだから。
◇◇◇
「花村くん」
「はい?」
月曜日。仕事モードの私は資料をまとめている花村くんに声をかける。
子供のこと……覚えてる? なんて言いそうになったけど、私がまず4歳のことをほぼ覚えてないのに2歳の彼が覚えてるはずもなく……、声をかけてから何を話そうと考えてしまい言葉に詰まってしまう。
「所長?」
「ねぇ……創作の話も兼ねてるんだけど」
これは予防線だ。
「もしあなたが私と幼馴染だったらどんな感じになったと思う」
「そうですねぇ」
花村くんは腕を組んで考える。彼はどんなときでも真剣に考えてくれる。変に茶化さないのが彼のいいところだ。
「所長は優秀な人なのでちょっと差を感じてしまうかもですね。幼馴染で側にいるからこそ……かもですね」
「そう……ね」
だから私はあの男にざまぁされてしまったのだろう。やっぱり私は可愛げないわね。
「でも」
花村くんは続ける。
「もし今の歳のまま幼馴染になれるなら……所長のように格好良く綺麗なお姉さんなら俺はすごく慕っただろうなと思います。一人っ子だし、おねーちゃんって甘えたかもしれませんね」
そんな感じであどけなく笑った。
ああ……。4歳の時に2歳の彼を引っ張った時はそんなあどけない笑顔だったような……気がする。
ふふ、気がするだけだからね。他意はないわ。
「じゃあ、おねーさんらしく振る舞ってあげようか?」
「ええ!? いや……その」
そんな可愛らしく慌てる弟系幼馴染をおねーさん気分で接するのも悪くない。
私の側にも良い男いるじゃない? まだまだだけどね。