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24 幼馴染ざまぁされた上司①

「おはようございまっ、おわっ!」


 朝、元気に事務所に出勤した俺は思わず人影にぶつかってしまい、言葉が途切れる。

 ぶつかってもそこまで痛みはない。

 ぶつかってきたのは事務所で最も小柄な美作所長だからだ。


「いたたた……」

「所長、大丈夫ですか?」

「さすが男の子ね……跳ね飛ばされるなんて」


 俺は170を超えてるし、痩せ型でもない。

 学生時代陸上部でそこそこ鍛えていたので体つきには自信がある、そんなことを思っていたら所長は立ち上がった。


「そんなことしてる場合じゃなかったわ。急がなきゃ!」


 所長は立ち上がり、すたたと社有車の方へ向かって行った。

 いつも冷静な所長の慌てよう。何かあったんだろうか。


「おはようございます、花村さん」

「九宝さん、おはよう。何かあったの?」


「S社の方でテスモのデータ処理でトラブルがあったそうで……。すぐに来て欲しいって」

「朝早くからか……」

「その部署が今、所長が進めている大口案件の窓口の所なので……」

「ああ、例の部署か!」


 俺はそこまで関われていないが所長がこの1ヶ月、精力的に活動していたのはよく知っている。

 俺がこの浜山に来るきっかけの一部分になった大口案件の所でのトラブルか。

 確かに所長が焦ってしまうのも分かる。


「何事もなければいいのですが……」

「そうだね」


 しかし事態はあまり芳しくないようで、お昼前に所長は戻ってきた。

 部長や設計・開発、品証ともテレビ会議を続け、食事も取らずに仕事をこなしていた。


 そして13時過ぎ。


「S社に報告に行ってくるから後お願いね」

「待って下さい」


 ブツブツとずっと考えこんでいる所長のふとした言葉に嫌な予感がして……俺は呼び止めた。


「そんなに考えこんだまま運転するのは危険ですよ。俺は昼から空いてますし、運転するので同行させてください」


「そ、そうね。じゃあお願いするわ」


 はっと気付いて一呼吸する美作所長と共に営業車に乗り込んだ。

 運転については自家用車もあるため問題ない。片道40分の距離を移動する。


 道すがら、今回の案件の詳細を聞く。

 簡単にいえばデモ機として導入した自社主力製品【テスモ】が収集したデータが吹き飛んだらしい。装置が悪いというのは客先の言い分だが……そうは思えないのが所長の考えだ。

 ソフトバグなのか装置の使用が間違っていたのか……様々な要因が考えられる。

 所長クラスの案件となるとさすがの俺も容易に判断ができない。重要な取引先のため弊社の装置は悪くないとそのまま突き付けるわけにもいかない。


 俺が運転している中、うーんと所長は唸っていた。


「今回のようにデータが吹き飛ぶようなことが多発するなら、新規装置の大口案件も考えたいって言われたのよ」


 デモ機の性能が顧客の求める基準をクリアしたため既設の装置の更新と新規で十数台も入れる計画となっている。

 その大口案件の対応のために新製品の開発メンバーである俺がこの浜山に来たのだ。

 ここに来てこの案件がなくなったりしたら大きな痛手となるし、所長の会社内での立場も危うくなる。


 相当な金額が動いているからこちらも顧客も慎重になってしまうのは仕方が無い。


「私って背が小さいでしょ。嘗められないように服装とかも気を使っているのよ。そういうのも気取っていると思われるのかしら」


 所長が珍しく弱気を吐いている。いつも自信満々で、俺達部下達の相談にいつも快活で答えてくれるから珍しく思えた。

 でも前の所属の上司だってそういう面は見られた。誰だって弱音を吐きたくなる時はある。


「そんなことないです。所長の誠実な対応は俺達から見ても満点だと思います。そんな風に思われるなんてありえないですね」

「ふふ、随分自信満々に言うのね」

「事実ですから」


 俺が出来ることは共感と後押ししかない。

 顧客対応能力は圧倒的に所長の方が上なのだ。俺はその力をただ肯定してあげたらいい。


「浜山の顧客担当は女性が多いけど、結局、その上は男の部門長が多いのよね。お金を握ってるのがその人でNOと言えばつまづいてしまう」

「……上の人が難関ってことなんですね」

「何度かやりとりはしてるんだけど、気まぐれな人なのよね。だけど間違ったことは言わないから難しい所でもある」


 顧客も予算には限りがある。

 その予算の中で最大の効果を生むように立ち回るのが顧客の上司の仕事でもある。

 俺達はそれを切り崩して、皆がwin-winになる関係にならなければならない。


 そう思っていると所長が突如、ため息をついた。


「だめね……私ったら」


 美作所長から弱音が出る。


「普段エラそうなこと言っているくせに……こういう時に不安になってしまう」


「そうは言っても今まで所長が培ってきた関係もありますし、いきなりばっさり切られることはないでしょ。向こうだって今更他社に乗り換えるメリットなんてないし、所長も会社も取れる見込みがあるから俺をこうして配属させたんでしょうし」


「うん……そうなんだけど」


 所長はひどく弱気だ。

 先週はガンガン厳しいことを言ってたし、客先に対しても堂々とした口ぶりで美作さんはすごいですねと好感触だった。

 めちゃくちゃ美人でプレゼンも上手いからファンが出来るほどだ。所長が来たら、別部署なのに見にくるお客さんもいるくらいだ。

 少なくとも所長ほど俺は危機的だとは思っていない。どうしてそんなに不安がってるんだろう。


「所長、どうしてそこまで不安になっているんですか?」


「私ね……。自分が築き上げてきたものが途端に崩れ去ってしまうことにすごく恐怖感を持っているの。昔、学生の頃なんだけどある意味トラウマとも言える出来事があってね」


「は、はい」


「私、幼馴染にざまぁされたことあるの」

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