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21 (仁科視点)あたしにとっての花村飛鷹

 あたしにとって花村飛鷹という男性はちょっと不思議で興味深いイメージがあった。


 あたしは東京生まれで彼は浜山生まれで、当然入社まで面識はなかった。

 同期として入社してからもそこまで面と向かって話をする機会があったわけじゃなかった。

 同期は21人いて、女性が4人で男性は17人。こうなると女性陣に寄ってくるのはイケイケな性格の子達ばかりで花村くんはそっちのタイプではなかった。

 でも穏やかで同期のみんなからも信頼されていたので好印象ではあったと思う。


「あ、花むっちゃんおはよ~」

「ああ、おはよう」


 同期のみんなは彼を花むっちゃんと呼ぶので必然的にあたしも呼ぶことになる。

 会えば挨拶もしてくれるし、新人研修で一緒に作業する時も和やかに話をしてくれたけど……決して飲み会とかで近づいてくることはなかった。

 いつも男の子とばかり喋ってた気がするし……。近い席になっても気付けば遠くに離れていた。

 所属部署も違うし、そんなもんだろうと思っていたのだけど……彼を特別に意識したのはあの時だろう。


 自暴自棄になるくらい嫌なことがあった日、幸か不幸か会社の飲み会が重なってしまった。

 鬱憤を晴らすために飲みまくってしまったのが駄目だった。

 普段は隙を見せないようにセーブするんだけど、今日だけはダメで……つい飲み過ぎてしまった。


 判断が鈍り思考がうつろになってしまう。

 それにも関わらず会社の同僚や先輩、同期達はあたしに飲ませようとしたり、2軒目、3軒目へ行こうと誘ってくる。

 いつもだったら穏やかに断るんだけど……正直もうどうでもいいかなと……襲われたら襲われたでいいかななんて思い始めた時、腕を強く引っ張られて建物の陰に隠された。


「あれ? 仁科さんどこ行った?」

「今日無防備だったからヤれそうだったのに……」

「花村知らないか?」


「ああ、さっき女子の先輩達とタクシーで帰っていきましたよ」


「ええーーっ!」


 男達の騒ぐ声が聞こえる。

 正直酔って頭がうつろで何も考えられなかったのでうるさいなとしか思っていなかった。

 建物の壁にもたれかかったあたしに男の人が近づく。


「仁科さん、大丈夫か?」


 どうやらあたしを陰に連れ込んだのは花村くんだったようだ。他の男性社員から隠して独り占めしようとしているのかな。

 ちょっとだけ幻滅だなぁ。まさか花村くんに襲われることになるなんて……。

 女に興味がないフリしながらやっぱり興味があったんじゃない。


 でもまぁいいや……大失恋したし、このまま花村くんに襲われても……。


「とりあえずタクシーを呼んだし、帰りな。はい、お水。無理せず帰って寝た方がいい」


 そう言って花村くんはあたしにミネラルウォーターを渡してくれた。


「仁科さん、実家暮らしだよね? 自宅の番号言える?」


 あたしは言われるがまま自宅の電話番号を彼に話した。

 すると彼は自分のスマホで連絡を始めた。


「夜分に恐れいります。私、仁科一葉さんの同僚の花村と申します。仁科さんは体調が悪いようでタクシーで自宅の方へお送りいたしますので介抱をお願いできないでしょうか」


 花村くん、何を電話してるの? 酔って頭がぐらぐらで全然意識がはっきりとしない。

 水を飲んで少しだけ落ち着いたと思ったらタクシーがやってきた。


「それじゃあお大事にね。あ、運転手さん、この町だったらこれで足りますかね? じゃあ宜しくお願いしますね」


「あ、あの花む」

「じゃあね。お休み」


 言われるがままあたしはタクシーに乗せられて帰らされることになった。

 ミネラルウォーターをくれたおかげで頭がすっきりしてきた。


 迷惑をかけちゃったなと落ち込んでしまうし、親にも同僚に迷惑かけてとめちゃくちゃ怒られたけど。


 ……怒られたけど。


「優しかったなぁ……」


 あの状況で下心一切無しで介抱してくれる男の子がいることにびっくりだったけど、それ以上に花村くんのお休みと言ってくれた時の優しい笑顔が忘れられなかった。


「ちゃんとお礼言おう……」


 そうして後日、社内の休憩場でばったりと会う。


「あ、花むっちゃん。この前の飲み会……いろいろありがとう! ごめんね、恥ずかしい所見せたね。……あのお詫びなんだけどよかったら」


「え? あ、……あ~」


 花村くんはあたしと顔を合わせず、罰が悪そうに視線を背けた。


「ひ、人違いじゃないかな?」

「え?」

「俺、あの日……同期と飲みに行ったから……会って……ないよ? ほら、仁科さんはお酒飲んでたし」

「え、でもウチのお母さんは花村って名乗ったって」

「恐らく、俺を騙った誰かだと思う。だからお詫びはその人にすべきだと思う。じゃ、俺はこれで!」


 花村くんはたたた……と逃げ出してしまった。

 あたしは唖然とその後ろ姿を眺めてしまう。


 いや、さすがにタクシー乗った段階で記憶は確かだったし、間違えるはずもない。

 わけも分からず……結局お詫びもできず1週間が経ったある日……お互いの先輩を通じてその理由が分かった。


 花村くんはどうやら女子の先輩に任せず、自分の判断でいろいろ動いてしまったことを悔いてしまい、あたしに対して申し訳なく思ってるらしい。


 どんなけ不器用なんだ。


 あたしは思わず笑ってしまった。

 でも、その不器用な優しさであたしは救われた。

 もしかして、今も悔やんでたりするのかな。さすがにそれはないよね?


 それから……社内でいろいろなことがあって浜山に転勤することになったけど……、花村くんが浜山に転勤することを聞いて心がとても躍った。


 もっと花村くんと仲良くなりたいってそう思ったんだ。

 だからさ……これからは一緒に楽しく働こう。


「花むっちゃん、次いつ飲みに行く?」

「……みんなで?」

「2人で」

「……年内には」

「まだ5月だよ!?」


 まったくもう、逃げ腰なんだから。

 今度2人きりで飲んだら。今度はあたしが介抱してあげるから。

 その時を楽しみにしてる。


 ……ほんとだよ。

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