20 追放された同期④
「で、でもどうやって」
「そう難しい話じゃないよ。仁科さんがこの浜山で大きな成果を上げる。ただそれだけでいい」
「え?」
「君は所長にも九宝さんにも浜山になくてはならない重要な人物だと思われているし、俺自身も君から学ぶことは本当に多い。君は絶対近い将来大きな成果を上げられる」
「買いかぶりすぎだよ~!」
仁科さんは顔を紅くして両手をアワアワさせるが……俺は止める気はない。
「4人で頑張っていこう。1人じゃ無理でもチームでならもっと高みを目指せる」
「う、うん」
「そして社内業務システム『beet』は君が根幹のシステムを作ったんだろ? 今はいいけど、システムのバージョンアップで必ずトラブルが発生する。でも……君はもう総務にはいない」
共に作ったものならともかく奪ったものであれば表面上は理解しても奥までは理解できないものだ。
仁科一葉が優秀であればあるほど……凡人には理解できない。
「そして将来、君はトラブル対応の収拾を求められる。総務に戻ってこいと言われるだろう。でも君はもう立派な営業になっているんだ。だからこう言ってやれ」
俺は仁科さんに指をさす。
「今更戻れって言われても……もう遅いってな」
「ぷふふ……なにそれ」
やばっ、笑われた!
「その日のために嫌がらせメールは溜めておこっかな。こんな嫌がらせされているのに助けろなんてお断りです、みたいな」
「はっはっは、流行の作品ぽいな! いいと思う。やっちゃお、やっちゃお!」
「でもそうだね。それが一番気持ち良さそう。ありがと、花むっちゃん」
沈んでいた仁科さんの顔に笑顔が戻った気がする。
そしてその笑みは今まで見てきた中で本当に美しいとさえ思えた。
「あ~あ、本社にいた時に花むっちゃんに相談してればよかったなぁ」
「いや、俺なんて……まだまだだよ。もしかしたら変に勘違いしてたかもしれないし」
「ん~~」
仁科さんはこてっと小首をかしげた。
「あたし、花むっちゃんならそうなってもいいかなって思ってたよ。新人研修のあの時からそう思ってるよ」
「え?」
「なんてね、冗談! 本気にしちゃだめだよ」
やばい、一瞬ドキリとしてしまった。
ここでダメもとで口説こうものなら仁科さんを傷つけた男達と変わらない。
気を引き締めなければ。
食事を終えた俺達はいったん事務所に戻ることにした。
まだ仕事が中途半端なままだったしな……。
今の時間ならまだ所長も九宝さんもいることだろう。
「あ、花むっちゃん」
「ん、なに?」
「今度はあたしが誘うね。2人きりでご飯食べにいこっ」
「へ? 2人きり? え?」
仁科さんが少し前を歩き、ぱっと振り返る。
「食事に誘ってくれたの……嬉しかったぞ♪」
ぱぁっと先に走って行ってしまった……。
立ち尽くす、俺……頭の中はごちゃごちゃだ。
いや、待て食事に誘った……。俺が? あんなかわいい子を?
「ああああああああああ」
勢いにかまけてよりによって所長や九宝さんの前で食事に誘ってしまった!
彼女いない歴26年の俺が……絶対女の子を誘う日なんてこないって思ってたのに……。
「まぁ喜んでたからいいか……」
タイミング悪けりゃドン引きでパワハラ扱いされた可能性があったんだよな……。
気をつけないと。もう仁科さんに対してあんな失敗をするわけにはいかない。
新人研修後の飲み会で彼女に悪いことをしてしまった負い目があるからな……。
事務所では陽気な気分な仁科さんとは裏腹に俺は多分どんよりな顔をしていたと思う。
嫌がらせか……。
今後、仁科さんへの嫌がらせがエスカレートする可能性もある。
「本社のあいつらに相談するか」
おまえ達と同期でよかったと呼べるやつらが本社にはいる。
この件、裏付けできるように調べてもらうかな。
俺達のマドンナを悲しませるクズどもがいるってな。