02 平社員の裏の顔
「ふーー」
関東から引っ越しで浜山市にやってきた俺はダンボールの開梱も終わり、片付けは概ね完了した。
実家から通える所に浜山SOはあるが後述の理由により、俺は1人暮らしを選択せざるを得ない。
これが俺の花村オフィスだ……なんてな。
さっそくデスクトップパソコンに電源を入れて、インターネットに繋げる。
これができないと仕事に差し支えが出てしまう。
「それにしても部屋がでかくなったよなぁ」
前の社宅は家賃補助ギリギリの1Kマンションだったのでとにかく狭かった。
家賃補助を止めて引っ越ししてもよかったんだけど、理由を話すのが嫌だったんだ。
金の噂はすぐ社内で広まるからな……。20代なのに家賃補助止めるってなんで!? ってな。
家賃12万の2LDK、駐車場付きだ。
26の独身男性が住むにはそこそこの家だと思う。
もっと家賃かけてもよかったけど……さすがに怪しまれる。
「さてと……お仕事しますか」
そう、この仕事とはフォーレスのものではなく副業と呼べるものなのかもしれない。
「メールはこんなもんか……。お、……引っ越しお疲れ様です。秋山さんはしっかりしてるなぁ。それに比べてカニカワの山崎はマジでクソ編集だな、また締め切りキツイ奴を送ってくる」
俺はクラウド保存できるノートと呼ばれる編集ソフトを開いてタスクを確認する。
校正作業にコミカライズのネームの確認、書き下ろし小説を書いて……SSのネタも考えないとな。
そう、俺は作家である。しいて言うのであればWEB小説サイトで書籍化打診を受けたWEB小説作家であった。
元々ゲームやアニメが好きだった俺だったが社会人になって1年目、とにかく社会の荒波に飲まれて疲れきってしまった。
ゲームもアニメも昔ほど楽しめなくなった俺がはまったのがWEB小説だった。
当時流行っていた異世界転生ものの小説が本当に面白くて、俺tueeeとかハーレムとかが理不尽に叱責してくる上司や先輩達から逃げ出したい俺の心の癒やしとなっていた。
トラックに轢かれて死んだら異世界にいけるかなーなんて思ったりしたくらいだ。
そうして仕事にも慣れてきた2年目のある時期、嫌な上司が転勤し、嫌いな先輩も部署異動になった結果、俺の精神はかなりまともになった。
そうすると少し暇になってくるので始めたのがWEB小説を自分で書いてみることだったのだ。
どうやら俺は才能があったらしく、初めて書いたハイファンタジー小説が日間総合1位を駆け上がり、10日目に書籍化打診が来てしまった。
初めはいたずらかと思ったが……幸いSNS上で書籍作家に相談できる機会があり、トントン拍子で書籍が発売してしまった。
1作ばっか書くのは飽きてくるので大好きなラブコメを書いてみたらこれも大ヒット。
女主人公を書きたいと思って令嬢系の話を書いてみたらこれも大ヒット。
1年にして3作の書籍化を成し遂げた俺はコミカライズ原作や書き下ろしで書籍を出すこともできるようになった。
ここまではよかった。
ほんとここまではよかった。
そして次の年……。俺は副業のボリュームの多さに殺されそうになる。
1巻が売れれば、2巻が出て、2巻が売れれば3巻が出る。そんなの当たり前で、心の底でどうせ全部打ち切りになる……そう思っていた。
なのに全巻重版! 全巻続刊確定! コミカライズ決定! 今では3作を超える書籍を抱える作家になってしまった。
俺の休日は消滅することになった。平日は本業、休日は作家業。
ここ2年、スマホゲー以外のゲームをしていない。
個人的な旅行すら行っていない。
表では平凡な会社員。裏では大人気作家「お米炊子」と呼ばれている。それが俺の花村飛鷹の正体である。
でも、今の生活は決して嫌いではない。
ガチ引きこもりなのは問題だけど……。
◇◇◇
引っ越しに対して特別休暇を3日取れるので役所での手続き、作家のお仕事を終えて一休みしている。
WEBでの更新作業も終わったし……明日からの初出勤がんばるかぁ。
「ん? 感想か」
今日は珍しくハイファンタジー作【宮廷スローライフ】、異世界恋愛作【妹サマ】、現代恋愛作【同天】の3作を更新した。
俺が小説サイトに投稿し始めて書き始めた特に人気の高い三作だ。
「ふふっ、絶対感想くれるんだよなぁ……この人達」
1作あたり4桁の感想は当たり前である。
もちろん返信するだけで日が暮れてしまうため返事は避けているが……全部中身は見ている。
特に気になるこの3人は同じジャンルで作品を投稿しているので記憶に残っていた。
「【宮廷スローライフ】はナシニって人か。今回の話、すっごく面白かったです……。でもまた新キャラ巨乳なんですね! お米炊子先生の女子キャラはみんな巨乳な気がします」
巨乳で何が悪い!?
まぁ確かに8割の女キャラは巨乳だよ!? でかい方がいいんだよ! カバーイラストも映えるし、絵師書き下ろしのタペストリーとか要望あるんだから!
貧乳が嫌いなわけじゃない。キャラによってはそっちの方が映えるし……。でも俺は巨乳を書き続ける。
「【妹サマ】はナイントレジャーさん、話は面白いし、主人公総受けなのもいいんですけど百合が多くて……もっとスパダリを活躍させてください。あと服のレパートリーがいつも一緒なのはちょっと」
イケメン男子はちゃんと活躍させてんじゃん! この作品、女性読者が多いって聞いてるからなるべく出すようにしてるんだよ!
そもそも俺は主人公とサブヒロインの百合百合が書きたくてこの物語書いたんだよ!
だけど商業を考えると……うむむ。
服なんて異世界なんだから何とか適当なドレスにしておけばいいだろう。男は何かいい感じの燕尾服!
まともにファッションなんか勉強したことのない俺が分かるわけないだろ!
「【同天】は幼馴染ラブアアアアさん……この人名前からしてイカれてるよな。えっと……糖分高いお話ごちそうさまです……。でも腋舐めばかりなので他のシチュエーションも希望」
そんな腋舐めばっか書いてるか……?
10話ぐらい遡ってみると3回ぐらい出てきた。【宮廷スローライフ】【妹サマ】も書いてたわ。無意識じゃん。
クール系ヒロインがやぁんとだめぇ言うのよくない!? 俺だけ!?
そう、この三作には特に俺の性癖を全てを混ぜ込んである。
生まれて26年恋愛経験皆無のモテない俺が社会人になった所で女性遍歴が変わるはずもない。
同期に4人の女子がいたが、いずれも交流はなかった。同期に女性慣れした奴らも多かったし、陰キャでボロを出したくない俺が何かできるような機会は1つもない。
配属された部署も男9割、たまに行く客先も男9割。
唯一喋る女性の事務員さんも年上の既婚者なので関わりはない。
女性への想いを小説に込めてしまうのは仕方のないことなのだ。
親にも友達にも話せなかった特殊性癖をさらけ出せるのはここしかなかったんだ。
その分、現実で犯罪なんか起こさないし……女性を傷つけたりなんて絶対にしない。
なるべく嫌な想いをさせないように近づかないようにもしている。
俺と話して嫌な気持ちにさせたくないからな。
だから浜山SOに行った所で俺のスタンスは変わらない。
美女3人いようが……俺は仕事人として接するつもりだ。
ピコン
スマホに何やらメッセージが届く。
「っ!?」
思わずすぐ開いてしまった。
『花むっちゃん、お久しぶり! 明日は8時15分に駅前に来て! 一緒にいこっ』
「仁科一葉か……」
仁科さんは俺の同期の女性4人の中でぶっちぎりに可愛くて人気のある子だった。
明日から同僚になるんだな……。
赤面だけはしないようにしないと……。変におどおどしたら向こうだって対応に困ってしまうはずだ。
会社員の花村を貫けばきっと大丈夫。