156 お付き合いしましたが……
今日は夕方にJ社へ打ち合わせに行って、それから浜山に帰ってきたのですっかり遅くなってしまった。
事務所に帰ったら誰もいないもんな……。
寂しい。
電車に揺られて15分。
徒歩で歩いて10分。
家へ帰るまでにワクワクする気持ちが芽生えてくるなんて先月までには考えられなかったことだ。
自宅マンションに帰ることがこんなに楽しみだなんてな。
家の鍵があるのにわざわざ802号室のチャイムを鳴らす。
その理由は。
「おかえりなさ~い」
最カワの恋人が出迎えてくれるからだ。
「た、ただいま……仁科さん」
「む」
「あ、ごめん」
よし、改めて声を出す。
「ただいま……一葉」
「おかえりなさい!」
恋人を名前で呼ぶことの素晴らしさ。
出迎えてくれるなんて本当に夢のようだ。
もう我慢できず、一葉を抱きしめてしまう。
「こらこら、早いぞ」
「運転して疲れて抱いて癒やしてほしい」
「もう、花むっちゃんらしいね」
「あ、一葉だって呼んでくれないじゃないか」
「ごめんごめん。ひーくん、おつかれさま」
おふふ。
恋人から自分だけの愛称で呼ばれるのはとても素晴らしい。
花むっちゃんはみんなからの愛称だったので一葉には別の言葉にして欲しかった。
普通だったら名前の飛鷹って呼んでもらうものなんだが、うっかり所長がたまに呼ぶよなと言ってしまったばかりに飛鷹呼びがNGになってしまった。
女心を間違えてしまう発言だった。
そんなわけで俺は一葉と呼び。一葉はひーくんと呼んでくれる。
マジで恋人っぽいな! 世間の恋人達はみんなこんな感じで呼び合っているのだろうか。
「風呂でも入ってさっぱりとしようかな」
「ひーくん」
「なに?」
「ただいまのチューをしてない」
「仕方ないなぁ一葉は」
恋人になってまだ1ヶ月経たない俺と一葉はもうベタベタだ。
行ってきますとおはようとおかえりとおやすみなさいのチューは必須である。
お互い初恋人だし、学生時代にやれなかった甘酸っぱい恋をやってみたいと思う。
外ではさすがに年相応の振る舞いをしているが部屋の中ならいいよな。
一葉と恋人繋ぎをして、ゆっくりとキスをする。
夜の時は深い方のキスをすることが多いがおかえりのキスは唇同士で愛を確かめる様にすることが多い。
「ひーくん、好き好き」
「俺もだよ」
一葉はとにかく好きという言葉を連呼する。
甘ったるい声で好きと言われると脳がとろけてしまいそうな感覚に陥る。
そのままほっぺに触れたり、背中に触れたり……しっかり成長した胸に触れたり……愛を確かめる時間はこれでもなく長い。
そのキスが楽しすぎるため本当に止め時が分からない。
もうずっとずっとこうしていたい。
「……」
「……」
「じー」
ドスケベな格好したエロメイドがスマホで俺と一葉のキスシーンを撮っていなければ。
「陽葵」
「陽葵ちゃん」
「毎日毎日毎日お盛んですね、旦那様、奥様。食事が冷めてしまいますのではよ、来なさい」
前提を話すが……一葉とは結婚を前提としたお付き合いをするため同棲することになった。
社宅を使ってるし、たまに一人で過ごしたい時もあるだろうということで引っ越しはしていないがほぼ一葉は俺の家で一緒に住んでいる。
そして今まで家事代行をしていた陽葵だったが……。
「ここを追い出されたら……お風呂場で働くしかありません」
絶対嘘のくせにガチだったら困る発言をするのと……一葉が若干負い目を感じているのもあるので家事代行を継続することになった。
まぁ元々仲良しの2人だし、仲良くやってくれるならそれでいいかな……なんて思う。
「わたしと奥様で作った晩ご飯です。どうか食べてください」
「……結構多いな」
「あはは……張り合っちゃった」
平日の晩メシなのに10品以上あるんですが……。
仲良くやってるように見えてバチバチやってるんじゃなかろうか。
さて……何から食べようかな。
肉団子に卵焼きにロールキャベツに……うん、唐揚げにしよう。
おひとつ頂くことにする。
「お、美味い」
「やった」
「ちっ」
陽葵が喜び、一葉が舌打ちをする、
な、なんだろう。
次はこのロールキャベツをっと……。
「これもおいしい」
「やった」
「……」
「あの……2人で何競ってるの?」
「わたしと奥様で5品ずつ作ったので……旦那様が何を選ぶか競っているのです」
何て恐ろしい競い合いをしているんだ。
ちらっと一葉の顔を見ると明らかに睨んでいた。
「やっぱり料理は若い子が作る方がいいってことですね。ね、奥様」
「煽るねぇ、陽葵ちゃん。オラ、ひーくん、次食べようね。次は当てるよね」
「こえーよ」
感じろ。次は当てないと殺されてしまう。
これか! ポテトサラダを突き刺す。
「うん、せーかい」
良かった。……汗が止まらないかと思ったよ。
陽葵が耳打ちしてくる。
「浮気したくなったらいつでも言ってくださいね」
「君は本当に何を言っているのかなぁ」
陽葵の場合はからかい半分、ガチが半分なのが怖い。
目についたものを食べるって言い張って全種類手を出し、何とか晩飯を終わらせることができた。
「じゃあ奥様はそちらの部屋でお休みください。わたしは旦那様と添い寝しますので」
「陽葵ちゃん、帰ろうか」
「ぶー」
勤務体系として夜泊まって朝帰りをしていたが、一葉と付き合ってから強制帰宅となっている。
そりゃ彼女がいるのに別の女性が寝泊まりするのは宜しくない。
隙あらば俺に抱きついてくる陽葵は完全に一葉を煽っている。
陽葵を帰して、俺と一葉は二人きりとなる。
「ふぅ……やっと二人きりだね」
そーだな。
一葉は陽葵とバチバチやっているが本心はお互いに嫌いではない。
むしろ案外ずっと側にいて欲しいと思っているんじゃないだろうか。
その理由は1つ。
「2人きりだな、一葉」
「……ひーくん、肉食だよぉ」
俺が一葉をめちゃくちゃに愛してしまっているからだ。
「所長も陽葵ちゃんもひーくんは奥手で迫っても全然靡かなくて仕事部屋に入れ込んでると言ってたのに……」
ソファに2人で絡み合いながら倒れ込み、一葉を抱きしめてゆっくり話す。
「うん、なんつーか。一葉が好きすぎるんだと思う」
「意味わかんないよ」
所長と陽葵の場合は頭にインスピレーションが湧いて、とにかく創作がしたくてたまらなかった。
しかし……一葉の場合は違う。
一葉は俺だけのものって思いが強く。その経験を文字に書き写したいと思わない。
俺だけのものであって欲しい。読者にも誰にも絶対渡さない。
「嫌かな」
「嫌だったら……受け入れてないよ。あたしも……大好きだもん」
何度も何度もキスをして服を脱がせて絡み合う。
飴色の髪から甘い香りがするようでより一層に想いが加速する。
「んぐっ! で、でもね。ひゃっ」
そこに触れるたびに一葉は敏感に反応する。
表情が緩み、しまらない顔をする。
もっともっともっと触れ続けたい。
「ひゃう、ワ、ワキをぬらし続けるのは……ちょっと困るかな!」
「ん、無理」
今日も俺は一葉のツルツルのワキをペロペロ舐め続ける。
マジで最高です。これで俺はあと100年生きていける。
◇◇◇
「ひーくん」
「ん、なに?」
「好き」
「俺も」
ベッドの上で2人。
この1年、こういうシーンは幾度となくあった。
その度にあと一歩先へ進めなかったけど……目の前の子は正真正銘の恋人だ。
そういった枷はなく、想うままに抱くことはできる。
もう一葉と俺を遮る壁は存在しないのだ。
……いや、一つだけあったか。
兼ねてからずっと思っていた案件が一つある。
それを明後日の日曜日……一葉に告げる予定だ。
そう、俺がお米炊子であるということを一葉に告げる。