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155 君を絶対に手放さない⑭

「お疲れ様、今日は楽しかったね」

「え……あ、え?」


 なぜここに仁科さんが……?

 俺はまだ目の前の光景を上手く認識できていない。


「電車来たみたい。乗ろっか」


 浜山駅行きの各停電車に乗り込む。

 てっきりあのまま笠松くんと……。

 思い出すだけで気が落ちていく。

 あの時の2人は本当にお似合いだったんだ。

 それを思い出すたびに頭がもやもやするし、胸が締め付けられるように痛くなる。


「所長も陽葵ちゃんも茜さんも花むっちゃんのこと探してたよ」


 気付けば会社携帯にもスマホにも着信が山のように来ていた。

 明日は土曜日だし……二次会に行ってもよかったな。

 あの光景に愕然して……無言で帰ってしまったんだ。


「熱いバトルが繰り広げられていたのに当の本人はさっさと帰っちゃうもんね」

「……本当に申し訳ないことしたかも」

「でも、たまにはすっと帰るのもいいと思うよ」


 他のみんなにはフォローのメールを送ることにしよう。


「何か元気ない?」


「そんなことないよ。仁科さんは……元気だね」


「うん!」


 笠松くんに好きだと言われたからかな。

 ここ10年で最も出世の早かった男に好きだと言われて……舞い上がらない人なんて……。

 くそっ、卑屈に考えすぎだ。今の2人きりを楽しまなきゃ。

 せっかく好きな人と一緒にいるんだから。


「みんなと話してね……勇気をもらっちゃった。もうあたしは無敵だよ!」


 仁科さんは満面の笑みを浮かべた。

 ああ、かわいいなぁ。

 俺が魅せられた笑顔だ。そんな顔をずっと見たかった。

 本当に久しぶりだったと思う。


 復調した仁科さんはバリバリ仕事するようになっている。

 この前大きな契約も成立し、社内の中でも成長している営業として評価され始めてきた。

 やっぱり仁科さんはこうやって活発に動いている所が一番だな。


「最近、調子いいよね」

「うん、12月が嘘みたい。すっごく楽しいよ!」

「それは良かった、俺も負けてられないな」

「ふっふーん、花むっちゃんには追い抜かされないようにしないとね」


 俺達は同僚であり、ある意味ライバルとも言える。

 S社で頑張る仁科さんに負けないようにY社やJ社と取引して成果をあげないとな。


「本当にありがとう」

「へ?」


 突然の御礼に少し戸惑ってしまう。


「今、ここにいるのは花むっちゃんが勇気をくれたからだよ。本当に嬉しい」

「あはは……。俺にできる程度のことなんて大したことないよ」

「だって葵さんや茜さんに岸山さん。笠松さんまで動かしちゃったんだもん」


 12月の年末、有給をもらった俺は上記の人達のところに出向き、誠心誠意のお願いをした。

 みんな、最初は断られたけど……それでも仁科さんを助けてあげたくて無理を承知でお願いをしたんだ。


「みんなが優しい人だから。そして仁科さんと仕事をしたいって思ったからかな」

「花むっちゃんもでしょ?」


 意地悪っぽく仁科さんは言う。


「ああ、その通りだ」

「うん……嬉しい」


 仁科さんは微笑んでくれた。

 愛らしく可愛らしい笑み、本当に素敵な子だよ。


 だから諦めたくない。


 一つの駅が過ぎ、仁科さんの最寄り駅まであと一駅。

 もっと話したいけど……きっと時間はわずかしか残されていない。


「ねぇ、仁科さん」

「なぁに」


「……笠松くんから告白された?」

「っ」


 仁科さんは一瞬驚いたような素振りを見せた。


「うん……」

「そっか」


 俺から話したことだ。仁科さんが嘘をつく必要もなかった。


「最後まで聞いてた?」

「……まずいと思ってすぐに立ち去ったよ」


 現実を直視できなかった。

 仁科さんの側にいる男は俺だけだと思っていた。そんな思い上がりのせいで先を越されてしまったんだ。

 のらりくらりとやってたせいで……ね。


「笠松くんってほんと凄いよな」

「あたし達が3年目に海外へ行ったんだっけ。花むっちゃんが浜山に来たタイミングで日本に帰ってきたもんね」

「それでもう部長だもんな。すげーよ。イケメンで口も上手いし、岸山さんと対等に話ができる」

「そんな人が同期だなんて……鼻が高いね」


 そう、ほんと凄くて……仁科さんに相応しいのは彼なんだろう。


 笠松くんのような人と付き合って、寄り添って、結婚して……子供を作って平穏に暮らす。

 とってもお似合いだ。


 でも……でも……。


「負けたくない」

「え」

「仕事も顔も……資産だって負けたっていい。でも」


 もう止められない。


「君を好きだって気持ちは誰にも負けたくない」


「……あ」


「俺が仁科一葉(にしなかずは)を誰よりも好きだってこと……伝えたいんだ」


 人の少ない夜の電車の中、俺達のまわりには人はほとんどいない。

 電車の横に長い座椅子の中で隣り合う俺と仁科さんは瞳を合わせて見つめ合う。


 無限とも呼べる時間は過ぎる。

 電車のカタンゴトンという音だけが耳へと入っていく。

 対向電車が通過する音が聞こえた後に車掌から次の駅へ間もなく到着するアナウンスが告げられた。


 2人きりの時間は終わりを迎えようとしている。


 電車は止まり、聞き慣れたBGMと共に外側の扉が開く。

 仁科さんは立ち上がり、そのまま……扉から電車の外へと出てしまった。


 何も考えられない……何も考えたくない。

 成功も失敗もこの際どうでもいい。

 気持ちを取り戻すのは扉が完全にしまってからでいい。


 車掌からのアナウンスで出発がつげられる。

 扉が閉まるBGMが流れたすぐ後だった。


「来てっ!」


 俺の手は何かに引っ張られる。

 扉が閉まろうするタイミング、自然と足が動いた。


 ギリギリのタイミングで駅の構内へ降りたつことができた。


「……怒られちゃうね」


 少し息を切らした仁科さんが……笑う。


「なんで……」


 意味も分からず呟いた言葉はそれだった。


「あ……え……その……」


 仁科さんは困ったように指をいじいじと交差させた。

 顔を紅くして首を動かしている。

 そこまで戸惑った様子を見て……ようやく俺も自分がしでかしたこと認識してしまう。


 俺、仁科さんに告白したんだった。

 紛れもなく好きだって伝えてしまった。


「ごめん!」

「え……?」


「そ、その笠松くんに告白されたタイミングで……惑わすことを言ってしまった。本当に申し訳ない」


 くそ、俺はバカだ。笠松くんへの告白の回答は知らない。

 少し考えさせてほしいと言っていたなら……そんな状況で俺が告白しても惑わすだけじゃないか。


 本当に自分のことしか考えていない、大馬鹿ものだよ……俺は。


 あああ、もう!


「っ!」


 だけど仁科さんは柔らかな手で俺の手を包んだ。


「断ったよ!」

「え?」

「笠松くんからの告白……断った」

「な、なんで」

「なんでって……そりゃたくさんのお世話になったし感謝もしてる」

「だったら」


「でも好きな人じゃないから……」


 そして仁科さんは続けた。


「あたしが好きなのは花むっちゃんだから! あたしは好きな人と結ばれたい!」


 体の力が抜けた気がした。

 なぜか嬉しさよりも安心という言葉が今の俺には合う。


 仁科さんを取られてしまうことが本当に怖かったんだ。

 誰のものにもならないのなら……、ってあれ。


 気付けば仁科さんに強く抱きしめられていた。

 スリスリと胸あたりに甘えるようにくっついてくる。


 あぁ……そうか。

 俺と仁科さんは両想いだったんだ。


「こらー。あたしが好きだって言ったんだぞ。こらー」

「ご、ごめん……ぼっとしてた」

「抱きしめてくれたら……許す」


「うん」


 こうやって抱きしめていくと実感できてくる。

 今、目の前にいる子が本当に好きで……そんな子が俺を好きでいてくれることが嬉しくなってくる。


 人目もはばからず……構内で俺は仁科さんと抱き合う。


「俺と付き合ってください」

「うん、喜んで……」

「……結婚前提にお付き合いしたい」

「……うん」


 そして確かめるように呟く。


「好きだよ、仁科さん」

「はい……あたしもあなたが大好きです」


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