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154 君を絶対に手放さない⑬

 岸山さんと茜さんの所へ行く。

 でも何だか様子が変だ。ご立腹の茜さんが腕を組んで後ろを向いている。

 そんな茜さんを岸山さんが慌てた様子で宥めようとしていた。


 岸山さんに声をかける。


「あ、あのー」

「おお、花村さ~ん。君からも頼むよ~。浅川くんの機嫌が悪くて」

「あ、あの……何があったんですか?」

「いやね、浅川くんもいい年齢だから……花村くんなんてどうだい? って言ったんだよ。そしたらすごく怒って」


 それはまずい。

 11月末に俺は茜さんに告白されて、断っているのだ。

 ある意味微妙な関係と言える……。

 岸山さんは本当に茜さんの地雷を踏むな。

 とりあえず助け船を出そう。


「茜さん、お疲れ様です」

「は、花村さん!」


 話題にした途端、俺が現れた感じになったので茜さんもびっくりしていた。


「最近はS社さんに行けてないので……こうやって茜さんとお話を出来てよかったです」

「そ、そんな……。私もその……同じですよ」


 茜さんが初々しく顔を紅くして答える。

 やばい、かわいい。

 俺、本当に茜さんに告白されたんだよな。

 それを前提に考えてしまうと何だか照れてしまう。


「今回の件、ありがとうございました」

「いえ、仁科さんの件も含めて弊社も関係してきましたからね。最終的に両社にとって良い方向に進んで良かったです」

「それでも……岸山さんを連れて来て頂いた茜さんの手腕には本当に感謝ばかりで」

「大したことないですよ。……花村さんの助けになりたかっただけですから」


 ぐぅ、照れてしまいそう。

 体が4つあったら……茜さんともお付き合いしたい!


「そうだねぇ! 花村さんの手助けをしたいとあそこまで熱弁する浅川くんは初めて見たからね」

「そうなんですか?」

「普段は冷静な彼女がびっくりしたよ。いや、珍しいものを、ぎゃう!」

「本部長。余計なことを言うお口はこれですか」


 50代の上役の顎に掴みかかる20代中盤の女性社員。

 完全にヒエラルキーが逆転してるな。

 岸山さんが両手を挙げてギプアップの意志を示した。


「岸山さん、本当にありがとうございます。あの場で逆転できたのは確実に岸山さんのおかげです」

「あはは……上手くいってよかったよ。正直あーいうの苦手なんだよね」


 吉名課長に圧をかけたあのオーラ、とてもそうには見えない。

 この人があそこまで凄い人とは正直思っていなかった。

 能ある鷹は爪隠すってことだな。


「僕も若い頃はあのような輩に手を焼いたからね。それに潰された優秀な社員もよく見てきた。……だからついムキになってしまったね」

「岸山さん……」

「だが、花村さん」


 岸山さんはいつもの優しげな瞳ではなく、少し真面目な目つきとなる。


「対会社との取引となる以上、今回のような搦め手は1回こっきりだ。2度もあるようであれば……本当に取引停止だってありえる。分かるかな」

「はい、肝に銘じます」

「まぁ君や若い部長さんのような若手がいるならフォーレスさんは大丈夫だろう。僕も先はそう長くない。……最後まで見せてもらうからね」

「本当にありがとうございました!」


 本当に岸山さんにお世話になった。

 これからも仕事でしっかりとお返しをしていこう。

 茜さんにも御礼を言う。


「これからも弊社と良い関係でいましょう。ふふ、たまには仁科さんじゃなくて花村さんも来て頂いていいのですよ」

「ははは……、是非伺わせてください」


「やっぱり君達はお似合いだなぁ! もし恋仲になったら僕に相談してくれたらいい。尚更仲人役になって」

「本部長、黙ってください」

「はい」


 茜さんの説教が始まったので……俺はそこから離脱することにした。


 少し離れた所で電話をしている方が一名。いいタイミングで電話が終わったようで目が合う。


「笠松さん、お疲れ様です」

「ああ……お疲れ様。もう就業は終わったし、いつもみたいでいいよ」


「ああ、笠松くんおつかれ」

「おつかれ、花むっちゃん」


 同期で世代最速で部長入りした笠松くんとハイタッチをする。


「本社はどう?」

「吉名課長を無理やり引きずり下ろしたからね。かなり騒動になってるよ」

「今更だけどごめんな。同期のみんなも含めて滅茶苦茶巻き込んでしまって」

「遅かれ早かれさ。情報シスアド課をどうにかしないとと思っていたし、いいきっかけだったよ。総務部としてあきらかにあの部署は癌だったしね」

「その割に年末は断ってたじゃないか」


 12月末、茜さんや葵さんから了承を頂いた後、笠松くんにも電話してお願いしたんだ。

 電話では無理だ。浜山には行けないって最初は断られてしまった。


「あの時……聞いた案はかなり無茶苦茶な話だったからね。まず前提で吉名課長が浜山に来るとは限らなかっただろ」

「あの人噂じゃ……出張にかこつけてよく外に出るって話しだったし、所長も挑発してたからさ。賭けてみたんだ」

「結果として良い方向に行ったからいいものの……S社の岸山さんが来てくれなかったらどう転んだか分からなかったじゃないか」

「確かにね」

「でも有給使って東京の本社に直訴しに来る同期の姿を見て、考えが変わったのも事実だ」

「我ながら無茶したなって思うよ」


 電話で断られた後、東京の本社に行って、直接笠松くんに頼み込んだんだ。

 もう総務部の部長になることは決定していたし、吉名課長より社内的に上に行く人間は彼しかいなかった。部長に昇格した1月以降に勝負をかけたんだ。


 最終的に折れてくれたが……いろいろ迷惑をかけてしまった。


「夏の飲み会の時に花むっちゃんに何でも言ってくれって豪語したのは俺だからな。新人の時の借りはいろいろ返せたと思う」

「ああ、夜中に酔ってサイフ無くして全裸でやばいって聞いて慌てて迎えにいったのも懐かしいなぁ」

「……忘れてくれ。同期のみんなが事あるごとに言ってくるんだよぉ」


 出世しようが何だろうが同期ってのはずっと一緒だ。会社を辞めない限りその関係は続き続ける。


「でも花むっちゃんってさ」


 笠松くんが思い出すように話す。


「新人の頃はそんな活発じゃなかったじゃないか。どっちかというと花むっちゃんは縁の下の力持ちなキャラだった」

「目立つのは笠松くんや仁科さんみたいな子だったよな」

「花むっちゃん変わったよな」

「ああ……ここに来て、本当に変わったよ」


 俺は変わったと思う。

 所長や仁科さん、陽葵と仕事をして……茜さんや葵さんと関わって本当に変わった。


「あら、同期同士で話ですか」


 所長と仁科さん、陽葵がやってきた。

 所長にとって笠松くんは上司となるので俺と同期であっても丁寧な言葉遣いをする。


「これで浜山の所員が全員集まったんだな」


 笠松くんがまわりを見渡し、突然頭を下げてしまった。


「みんなには本当に申し訳ないことをしてしまいました。部長として謝罪させてほしい」


 謝罪の言葉を口にした。

 突然のことで俺も所長達も戸惑ってしまう。


「特に美作所長には失望させてしまったと思います」

「……そうですね。正直、今回の件、吉名課長の暴走を止められなかった上層部の信用は地に落ちました」


 そうだ。所長は12月初めからずっと戦っていたんだもんな。

 何度も何度も本社に行って戦っていた。


 ……失望して辞める選択肢も出たくらいには。


「本社の方はこれから立て直しとなり、4月には大きく人事が変わるでしょう。上層部が信用できない状況で申し訳ありませんが……自分が何とかして立て直すのでもう少し見て頂けませんか」

「笠松くん……」

「この会社には浜山SOの全メンバーが必要なんです。だからお願いします!」


 その言葉に所長は頷いた。


「ええ、岸山さんや葵さんへの恩も返さなきゃいけませんし、恩を返すまではこの会社で働こうと思います」


 所長はぐっと笑みを浮かべる。


「それまでに私達の信用を取り戻してください。笠松部長には期待しています」


「わたしも頑張ります!」


「……あたしもやらせてもらいます」


「皆さん、ありがとうございます」


 きっと笠松くんが本社にいれば……良い方向へ進むだろう。

 今度彼が困ったら……絶対俺が助けになろう。


「花むっちゃん」


 笠松くんが小声で俺を呼び、耳を寄せて来た。


「みんなすっげー美人だな。あの双子の浅川さんも滅茶苦茶綺麗だし。俺、浜山に駐在で勤務したい」

「おい、部長」


 超優秀なんだけど、女好きすぎるのが問題だな……って正直思う。



 宴もたけなわ、飲み会は終了していく。

 良い打ち上げ会になって本当に良かった。

 会計も終えて、店の外でわいわい話す形となった。


「うぅ、寒い。帰ったら……速攻寝よう」


 1月の夜は極寒だ。……でも気持ちいい夜だと思う。





「……あのさ」


 少し離れた所で聞こえた笠松くんの声。

 気になったのでそちらの方へ向くと……笠松くんと仁科さんの姿があった。

 悪いと思いつつも陰から見てしまう。


「笠松さん、本当にありがとう。あたしが浜山で働けるために……良くしてくれて感謝してる」

「いいさ。同期じゃないか。君はbeetシステムの件やS社の件でも大事な存在だし、便宜を図るのは当然さ」

「あはは……。本当にすごいね、笠松さんは……。同期として鼻が高いよ」


「でもそれだけじゃないさ」

「へ?」


 笠松くんがぐっと仁科さんに近づく。


「新人の頃さ。君に告白したじゃないか。でもフラれて諦めた……つもりだった。でも今日改めて会って気持ちが再燃したんだ」

「笠松くん……?」


「俺、やっぱり仁科さんのことが好きだ。君と付き合いたい」


 それは酔いも冷めてしまうような衝撃的なシーンだった。

 頭が真っ白になり、ゆっくりと後ずさってしまう。

 ……俺はその先を見ることができず、この場を後にしてしまった。


 そうだよな……笠松くんがあんなに頑張る理由。

 会社を何とかしたいって気持ちの他に……仁科さんへの想いがあったんだな。


 ああ、そうだよ。同期なのに相手は部長職の出世頭でイケメンで……確か実家も資産家だったはずだ。

 俺に勝てる所なんて一つもなかった。


 何も考えられず……俺は飲み会の場を後にする。

 みんなの元に戻る気にならなかった。


 ……一足先に駅へと向かう。


「はぁ……遅いんだよな、何もかも」


 もっと早く告白するべきだったんだ。想いを自覚したらすぐにすべきだった。

 俺は本当にバカ野郎だ。


 駅の構内に入って、タッチして改札の中へ入る。

 ここから家の最寄り駅までは3駅ほどだ。

 帰ったら……速攻寝よう。


「はぁ……」


 悲しさが頭の中をグルグルとまわる。

 だけどその時だった。

 ポンと背中を叩かれる。


「ため息したら幸せが無くなっちゃうよ。花むっちゃん!」


 電車を待つ、俺の前に仁科一葉が現れた。



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