152 君を絶対に手放さない⑪
「か、笠松だと……。なんでおまえがここに……」
「ふむ、総務部というのはそのフォーレスさんの情報システム課と何か関係しているのかね」
岸山さんは笠松さんと向かい合う。
「はい、総務部の中に情報システムアドミニストレータ課があります。そのため私は吉名課長の上司にあたる者になります」
「ほぅ、まだ若いのに大したものですな。だが若いだけでは困る。ちゃんとこの事態について収拾をしてもらわねばな」
「承知しております。まず……弊社の情報システムの障害について早急に対処致します。状況を確認し、原因の追求、今後対策案を盛り込んでS社、Y社様にご提出させて頂きます」
「誰が作るのかね」
「情報シスアド課に作らせます。吉名課長を中心に所員にやらせ、私が最終チェックし提出させて頂きます。システム復旧は2日以内。報告書提出を1週間以内に行います」
「なんだと! そんな勝手なこと決め」
「君は黙っていたまえ、課長ごときが口を挟むな」
「ぐっ!」
岸山さんに言われ、吉名課長は苦い表情を浮かべる。
「笠松部長、続けてください」
「はい。今回障害の他にシステムの不具合がありました。それはどうやら弊社の仁科しか直せない可能性が高いのです」
「だが……我が社との取引を優先してもらう。何も御社のシスアド課が何もできないわけではないんでしょう?」
「その通りです。仁科はリモートであくまで手伝いというレベルを考えています。仁科の異動の話は私から上に働きかけますので……何とか致します」
「それであれば……いいでしょう。その後押しに私からも後で異動撤回の要求を送らせてもらいます。Y社の浅川様もいかがですかな?」
「はい、我が社からも異動撤回の要求を送らせてもらいます」
葵さんもその言葉に頷いた。これで重要顧客2社の後押しもあり、笠松さんも動くことができる。
これである程度先が明るくなったかもしれない。
だが……岸山さんの表情はまだ硬い
「しかし……さきほどの話を思い返すとシステム障害は人為的にあった可能性が高いということですね。それが本当に人為的であるなら……管理責任問題となるでしょうな」
「ええ……引責事項となるでしょうね」
「その時は誰が責任を取るのかね」
「12月までいた総務部の部長は次の3月で定年退職をされるので役職はもう無いのです」
「ふむ、役職がすでに無い相手が責任を取っても意味はないな」
「そうなると……吉名課長に取ってもらうしかありませんね」
「はァ!? 笠松! 部長のてめぇが取るべきだろう」
「あのね、吉名課長。1月付けで部長になった私がなぜ責任を取らなきゃいけないんです。言っておきますけど、総務の部長になったからには徹底的に情報シスアド課を調査させますからね」
「笠松さんに今、抜けてもらうわけにはいかん。課長として君が責任を取り給え」
笠松さんと岸山さんに言われて、吉名課長は怒りのボルテージが最大まで上がる。
だがこれは因果応報だ。こうなる可能性があるのだから人為的なシステム障害なんてしてはいけなかったんだ。
吉名課長は叫ぶ。
「俺を辞めさせたら課はどうなる!? 俺は資格があるから情報シスアドを20年も任されたんだ! 誰も後任なんていねぇ! 俺しかいねぇんだよ!」
笠松さんがふぅと息を吐く。
「あなたが持っている資格ならこの一年で私が全部取りました」
「え……」
「私が情報シスアド課を立て直します。もうあなたは必要ないんですよ」
「ほぅ、若いのに大したものだ。これで後任の心配もないわけですな」
「さてはてめぇらグルだろ!? 俺をはめるために! ふざけんじゃねええええ!」
その言葉に岸山さんはすっと吉名課長に近づき、眼前まで顔を近づけた。
「誰に物を言っている。貴様ごときが無礼るなよ」
「……っ……あ」
吉名課長は力無く……沈んでしまった。
社内の暴君は今日ここで終わる。
「責任問題は吉名課長だけではありません。あなたもジョブリーダーの立場でしょう」
「え」
笠松さんは有坂さんに目を寄せる。
さっきまで縮こまって、吉名課長から距離を取ろうとしていた有坂さんの顔が引き攣る。
ジョブリーダーとは課の中でも取りまとめ役として設定されたりする。
beetシステムの成果によっていち早く有坂さんは出世という形を果たしていた。
しかし、その出世コースも今日で終わりだ。
「もちろん君にも責任を取ってもらいます」
「そ、そんな! わ、私達は……吉名課長の命令で! 仕方なかったんです!」
ここで分かりやすく課長を売る。
本当に腐った人だったんだな。
「つまり吉名課長が全ての元凶と」
「そうです! 逆らえないじゃないですか。私達若手では……どうにもならない」
「それは言い逃れだぜ、有坂さん」
もし、ここで素直にすいませんと謝るならそこで終わらせるつもりだった。
だが……そういう方向で言い訳をするのであれば許すつもりはない。
俺は吉名課長も嫌いだが、有坂さんの方はよっぽど嫌いだ。
俺の好きな人をずっといじめていた人間なんだからな。
「笠松さん、これをどうぞ」
俺は笠松さんにいくつかの書類を渡す。
「有坂さんを筆頭に情報シスアド課のメンバーの勤務ログです。勤務中のネットの個人使用による不正アクセス、事務用品のフリマアプリでの売買、経費の不確かな使用をまとめたものです。有坂さんなんてすごいですよ。随分と甘い汁を吸ったようですね」
「なんで……なんでなんで!」
有坂さんは顔を両手を当てて狂乱する。
同期達が必死に調べてくれて、この情報を送ってくれたんだ。
驚いたことに有坂さんが一番ひどかった。よくこんなことを会社のPCやお金を使ってやったなって思うことばかりだ。
「これは……大問題だな」
「ええ、笠松部長。仁科さんにいたずらメールを送った奴らが誰か全て解析出来ています。メールも全部残してありますのであとで送らせて頂きます」
「あ……あ」
有坂さんはペタリと座り込んでしまった。
……しっぺ返しは受けてもらわないとな。
「こ、小僧……」
吉名課長が俺を睨み付ける。
「よくもここまでやってくれたなァ」
ああ、大変だったよ。ここまでするのはな。
いろんな人に頭を下げて来てもらった。
全てを彼女を助けるために……絶対に手放すわけにはいかなかった。
「仁科を呼び戻すだけでここまで酷いことをやるかァ!?」
「俺達から仁科さんを奪うこと以上に酷いことなんてないんだよっ! 報いをうけろぉぉ!」
吉名課長は項垂れた。
「だって……」
有坂さんは泣き顔で悲鳴のような声を出す。
「直せないんだもん……私じゃbeet……直せない。仁科さん……戻ってきてよぉ」
悲痛な声の有坂さんに仁科さんはゆっくりと近づく。
「あたしは……」
仁科さんは屈んで有坂さんと同じ立ち位置まで顔を寄せる。
「情報シスアド課が嫌いでした。大して仕事もしないのにやりたい放題をしていて……頑張ってる人を貶す風潮が嫌でした。だからbeetシステムの不具合だって……対処方法も分かっていたけど見て見ぬふりをしていました」
仁科さんは話を続ける。
「吉名課長も有坂さんも大嫌いですけど、beetシステムは何とかしようと思います。あたしが手を入れたシステムだし、あたしの大好きな人達のため不具合を取り除きます」
その言葉に有坂さんは顔を上げた。
その表情は絶望の中に光が差し込んだような格好だった。
「じゃあ……情報シスアドに戻ってきてくれるのね!」
仁科さんはがっと有坂を睨み付ける。
「お断りです! 情報シスアド課なんて二度と行くもんか」
仁科さんは大きく息を吸う。
「あたしはもう立派な営業なんです! 人を傷つけて、追い出しておいて……」
有坂さんに指を突き付けた。
「今更戻って来いなんて……もう遅い!」