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151 君を絶対に手放さない⑩

「美作さんに仁科さん、そして花村さん。今年度も我が社と友好な関係をお願いしますよ。浅川くん、例のものを」

「本部長、承知しました」


 岸山さん……部長から本部長に昇格していたのか。

 会社の中でトップクラスの上役じゃないか。

 岸山さんに指示された茜さんが包装されたお菓子を所長に手渡す。


「年末、家族と海外旅行をしましてね、是非とも皆様と召し上がって頂ければと思います」

「ありがとうございます」


 岸山さんの説明に所長は丁寧にお辞儀をした。


「それで……」


 岸山さんはじろりと吉名課長を見る。


「今年度は弊社の実験施設にテスモを導入するにあたって……仁科さんには精力的に動いて頂いていたんですが……。12月頃からフォーレスさんのシステム障害のおかげで予定が狂ってしまった。その矢先の仁科さんの転勤騒動、どういうことでしょうか」

「み、美作」

「私は君に聞いてるんだが、課長なら説明できるだろう」

「うっ」


 岸山さんの圧に押され、吉名課長は後ずさる。

 俺達にとって10歳以上年上の40代中盤の吉名課長は相当上の存在だが。50前半の岸山本部長はさらに上を行く。

 そもそもS社とウチでは規模が違いすぎるのだ。


「Y社様と同じで弊社もシステム障害の影響を受けたとそこのウチの浅川から聞いている。さっきまでの話をまとめると仁科さんならそのシステムをアップデートできる、その認識でいいのですか?」

「は、はい……」

「だったらリモートでいいでしょう。転勤させる意味はどこにある。仁科さんは弊社と今、重要な取引に携わっているのです。会社を辞められるなら仕方ありませんが、異動なら話は変わる。異動させなきゃいけない理由を聞かせてもらいましょう」


 岸山さんに詰められ、吉名課長は言葉に詰まる。

 岸山さん相手に暴言を吐くことはさすがに出来ない。


「システム障害もね。3週間放置って……我が社ではありえないな。浅川くん、どう思う?」

「私見を述べるのであれば取引を考えたいレベルですね。いくら美作所長や仁科様が優秀で、テスモが良い機械だったとしても……対会社として信頼性に欠けると言っていいでしょう」


 痛い話だが尤もだ。

 俺だってこんなふざけたシステム障害を発生させるような企業に営業活動なんてしたくなくなる。


 ただこの場にいる全員が分かっているのだ。システム障害など存在しない。人為的に起こした障害ゆえにその責任を誰か取らねばならないだけ。

 beetの調子が良くないとはまた違う話のだ。


「み、美作……俺はそんな話聞いていない」

「言いました! 何度も何度も! 電話でもメールでもエビデンスは残っています。開示しましょうか!?」


 所長がその言い逃れに強く反発する。

 そうだろうな。所長は今回の件、切り札とするために電話データは全て録音して残してあり、メールも全てバックアップを取っていると聞いている。

 全てはこの時のためだ。


「何度も言うが……今、仁科さんを抜かれるのは困るんですよ。この意味分かるかね」

「御社には……美作がずっと対応していたはず……。仁科である必要が」

「君、この案件にどれだけの金が動いているか分かっているのか? 失敗すれば私だけでなく部署全員のクビは飛ぶ額だ。オブザーバーに美作所長がついてもらっているが、そう人を変えられると困るんですよ。機密の話もありますしね」

「……」

「だが……12月のシステム障害が頻繁に起こるようであれば取引も考えねばならん。私達も泥船に乗る気はないのでね」


 俺は吉名課長の側に寄る。


「課長。ウチとS社様の取引額は全国一です。……もし取引が無くなるのであれば右肩上がりのウチの業績は確実に傾きます」

「あ……ぐぅ」


 所長が全国一の営業者であるのはS社の取引によるものだ。

 ここ数年で一気に伸ばしており、この案件が無くなることは絶対に避けなければならない事象である。


「だから情報シスアド課だったか? 君にはシステム障害の件の状況報告と是正報告を要求する。不確かなシステムを我が社が信じていいか……指標とさせてもらおう」

「あ、私の所もお願いしますねぇ。我が社を蔑ろにするならウチも岸山様と同格の部長を連れてきて説明求めますんで」


 葵さんが言葉を差し込む。


「……に、仁科に早急の対策をやらせます」

「君らでやらんのか! まったく……君では話にならんな! 部長クラスを連れてこい!」


「そ、そんな部長クラスなんてすぐには……」


 完全に萎れてしまった吉名課長。

 なんだこの人、俺達には横暴だったなのに……上から言われるとこんなに弱々しくなるのか。

 何というか哀れな人だな。


 ……ま、これ以上やっても無駄だろう。

 決着をつけるとしよう。


「承知しました。()()()()……部長職の人間がおりますので連れて参ります」

「なっ!」


 吉名課長はぐっと俺を見る。これで終わりだ。

 俺はもう一度手を挙げた。


 そして……扉が開かれて陽葵が彼を連れてくる。


 ……俺と年はそれほど変わらない一人の男。

 同期の星でこの1月付けの人事で部長に昇格した彼がそこにいた。


「おはようございます。フォーレスの総務部部長の笠松と申します。この度は大変申し訳ございませんでした」


 これが最後の矢だ。


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