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147 (仁科視点)君を絶対に手放さない⑥

 自分が一番大事だと思っていったけど、いつのまにかあたしはこの浜山セールスオフィスが何より大切だったんだなって思う。


 あたしが中途半端なマネをしたせいで、ちゃんとbeetの引き継ぎをしていればこんな形で呼び戻されることもなかった。

 あの時は本当に嫌ですぐにも転勤したかったから逃げてしまったけど……こうやって逃げた報いは来るんだなと思う。


 beetが止まったことで慣れない手作業をするハメになり、無駄な間接業務が莫大に増えてしまうことになる。

 疲れ果てた花むっちゃんや所長、陽葵ちゃんの姿を見て罪悪感に苛まれる。


 あたしがみんなに甘えてしまったばかりに……みんなを犠牲にしてしまった。

 だからあたしはみんなのために情報シスアド課に戻ることを決意した。


 正直、今でも怖い。

 吉名課長も最初は優しかったけど、自分の気にいった行動をしなかったあたしを見限り、社内の嫌がらせを黙認、むしろ加速させた。

 教育係だった有坂さんを含む、シスアド課の女子社員からは本当に嫌がらせが止まらなかった。

 営業をして強くなった今のあたしなら少しは対抗できるかもしれないけど……長くはもたないだろう。


 人は一人で仕事はできない。どこかで破綻してしまう。


 きっともう……浜山SOに戻れないだろう。

 ああ、S社の案件……決まりかけてた案件あったのになぁ。

 葵さんと協力してY社向けの新プランを進めたかったなぁ……。

 よりによって本社の人間に邪魔をされるなんて……思いもしなかったよ。


 シスアド課に戻ったら早々にbeetのプログラムを思い出して修正パッチファイルを作ろう。

 そして誰でも使えるように手順書をつくってやればいい。


 以前とは違うんだ。手順書を破棄されたりはしないはず。


 なぜならあたしは全てが終わったら辞表を出すからだ。

 この会社を辞めて……新しい人生を進もう。


 浜山で培った大事な想いもあるけど……迷惑をかけたわけだからもう全てを諦めよう。


 ……あの人のことが気がかりだけど……。

 あの人には所長や陽葵ちゃんがいる。そして茜さんも側にいる。

 キスするくらいの仲なんだし……お付き合いしちゃってるんだよね。


 あたしがいなくても魅力的な女性が側にいるんだ。


「え?」


 突然スマホに着信が入り、すぐに画面を確認する。

 彼の名前があり、それは本当に突然の出来事だった。


 あたしは慌てて、通話をONにする。


「はぁ……はぁ……お、おつかれ」

「は、花むっちゃん!? こんな遅くにどうしたの……?」


 息を切らした彼が必死に声を出している。


「い、今は……君の家の……203号室のベランダの前にいる」


 慌ててあたしは道路側に面したベランダに出て下を見る。

 冬なのに汗びっしょりの彼がそこにはいた。

 どうして? なぜ?

 そんな想いが頭をよぎる。


「花むっちゃん」

「はぁ……はぁ……ごめん、遅くに」


 こんな所で話しては近所迷惑になってしまう。

 あたしは家に入るように彼に呼びかけた。


「いや……一言、いや二言だけ伝えたくて来た」


 彼は首を振り、そして大きな声で叫んだ


「行くな! ……本社に行かないでくれ!」


 その大声にびっくりしてしまう。


 そう言ってくれるのは嬉しい。

 でも、あたしが本社に行かなきゃ事態は解決しないんだ。

 だからそんな顔をしないで……。みんなのために頑張るから。


「俺が何とかする。俺が何とかしてみせるから! 俺の……みんなの側から離れないでくれ!」


 そんなことを……あなたから言われたら揺らいじゃうよ。

 信じてしまいそうになる。


 ねぇ……聞きたい。


「どうして、花むっちゃんはそこまであたしにしてくれるの?」

「それは」


 ベランダの手すりに身寄せて彼の言葉に耳を傾ける。

 他の子が側にいるのに、あたしにもこんなに優しいの? あたしなんて放っておけばいいんだよ。

 あたし……いっぱい迷惑をかけてるんだよ。

 あたしがいていいことなんて一つもないよ。


 だからあなたの心の中の気持ちを知りたい。


「俺は……まだ君と一緒に仕事がしたい!」


 渾身の言葉が耳の中に入っていく。

 その言葉に自然と目から涙が流れてしまっていた。


 ああ……そうだよ。

 大事なことを忘れてた。

 あたし、今の仕事が好きなんだ。beetを扱ってる時よりも……今の仕事が大好きなんだ。


 お客様とお喋りして……いっぱい提案して、社内で検討する。

 大好き人達と大好きな仕事をやりたいんだ。

 あたしは花むっちゃんも所長も陽葵ちゃんも大好き。

 そしてみんなもあたしを好きでいてくれる。


「君じゃなきゃ駄目なんだ。浜山SOでみんなと……仁科さんと一緒に仕事がしたいんだぁ!」


「あたしも!」


 気付けば大声を出していた。


「あたしもみんなとずっと仕事がしたいよ! 花むっちゃんと一緒にいたい!」


 あなたと一緒にお仕事をして、笑い合いたい。

 あたしはまだここにいていいんだね。


 本当に嬉しい。


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