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146 君を絶対に手放さない⑤

 家に帰ってきた俺はコンビニで買ってきた出来合いものを食べて腹を満たす。


 さすがにこの時間から陽葵に家事代行を頼むほど残酷なことはできず、今日はもういいと断った。


 くっそ……まさか、ここまでとんでもない手を使ってくるなんて……。浜山SOの面々はボロボロだ。

 正直、俺自身も会社に失望している。

 あれだけのことをしでかして静観してるなんて……、俺が確認した訳じゃないから分からないが、どう考えてもおかしいだろ。


「はぁ……」


 所長は他の会社でも十分やっていける力量があるし、別会社から誘いを受けていると聞いている。

 俺は副業を本業にして専業作家として活動してもいい。


 陽葵はもう、完全に俺が雇ってやろうか。

 家事代行兼作家アシスタントとしてやっていける。


 もう……辞めようかな、会社。


「仁科さん」


 もし……会社を辞めてしまったらもう二度と仁科さんと会うことはないだろう。

 辞める前に告白して付き合えたとして……きっと変なしこりが残ってしまう。

 せっかく本気で好きになった子なのになぁ……。


 もういっそプロポーズして結婚を申し込んでみるか。


「はぁ……疲れてんな」


 だけどこのままじゃいけない。

 会社を辞める、辞めないは置いておいて、今の状況を何とかしないと今まで培ってきた関係を台無しにしてしまう。

 S社の岸山さんや茜さん。Y社の葵さん、J社だって水口さんが頑張ってくれて立て直すことができた。


 やっぱり……まだ諦めるわけにはいかない。

 そのためには仁科さんを手放すわけにはいかない。


 だが……どうする。まず仁科さんが行かないように説得しないと……。

 今の俺の言葉で届くだろうか。


「俺の力で届かない……。でもお米炊子なら」


 だったらまた書くしかない。

 仁科さんのファンであるお米炊子の力を使えば……陽葵や所長の時のように力になってあげられる。


 俺は作業椅子に座り、タブレットを点けて、執筆ツールを起動させる。

 俺のスピードなら2時間で1作、短編を書ける。


 よし……行くぞ。


「……」


 だけど手は動かなかった。


「それでいいのか」


 いつだって俺はお米炊子の力に頼っていた。

 その名声と知名度を頼りにしてきた。


 ……俺が助けたい子はなんだ?


 俺にとって仁科一葉はなんだ?


 俺はタブレットの電源を切る。


「好きな子は俺の力で助けなきゃ……意味なんてない! お米炊子は黙ってろ!」



 ◇◇◇


 俺は夜の道を走る。

 気持ちが高ぶり、車で行けばいいのになぜか走って仁科さんの家まで駆けだした。

 何を言えばいいいか頭がこんがらがってくる。

 話はまとまらないし、何を言えばいいかも決まらない。


 でも……俺自身の声で伝えたかった。

 お米炊子としてではなく花村飛鷹として仁科一葉に伝えたかったんだ。


 1時間いや、2時間近くかけて……12月中旬なのに汗びっしょりの状態で仁科さんちのマンションの前に来る。


「はぁ……はぁ……」


 スマホに連絡をかけた。少しのコールの後、仁科さんに繋がる。


「はぁ……はぁ……お、おつかれ」

「は、花むっちゃん!? こんな遅くにどうしたの……?」


「い、今は……君の家の……203号室のベランダの前にいる」


「え」


 そのまますぐに仁科さんちのカーテンが開かれて、窓が開かれる。

 ラフな格好の仁科さんがそこにはいた。


「花むっちゃん」

「はぁ……はぁ……ごめん、遅くに」

「それはいいけど……あ、上がる?」

「いや……一言、いや二言だけ伝えたくて来た」


「……え」


「行くな! ……本社に行かないでくれ!」


「でも……」


 仁科さんは困った顔をする。そうだよな。君が本社に行けば今ある問題は解決するかもしれない。

 でもそれじゃ駄目なんだよ。


「俺が何とかする。俺が何とかしてみせるから! 俺の……みんなの側から離れないでくれ!」

「……どうして」

「……」

「どうして、花むっちゃんはそこまであたしにしてくれるの?」


「それは」


 今、俺が仁科さんに伝えなきゃいけない言葉はいくつかある。

 好意の言葉……今回動くきっかけになったのはその気持ちだろう。


 彼女が好きだから助けたいと思った。その気持ちは大いにある。

 姉さんや陽葵にはこみ上げなかった想いが仁科さんにだけは明確にあるんだ。


 でも……今、かける言葉はそれじゃない。


 それよりももっと大事なこと。


 俺が願い、想い、今伝えることは……これだ!


「俺は……まだ君と一緒に仕事がしたい! 君じゃなきゃ駄目なんだ。浜山SOでみんなと……仁科さんと一緒に仕事がしたいんだぁ!」


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