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145 君を絶対に手放さない④

 俺と所長はすぐさま、新幹線に乗って浜山に戻ってきた。

 車を走らせて事務所へと戻る。


「あ、所長、花村さん」


 事務所にはまだ2人とも残ってた。


「仁科、大丈夫?」

「すいません、お騒がせしてしまって」


 仁科さんは落ち込んでいるものの、顔色は戻っていた。

 あの連絡から2時間以上は経っているんだ。さすがに落ち着いたか。


「陽葵、側にいてくれてありがとう」

「いえ、それより何があったか教えてください。所長と花村さんの本社への出張……それが影響しているんですね」


 もうこうなってしまっては隠す必要もない。

 それより先に聞かなければ。


「仁科さん、何の連絡が来た?」

「吉名課長から直電だね。……声を聞いた瞬間視界がぐるぐるしちゃったよ」

「……やっぱりトラウマよね」

「1月から情報シスアド部への異動と……beetの修正を行うから明日から来いって連絡が来ました」


 明日!?

 何を考えているんだ。そんなことができるはずない。

 予定表では明日、仁科さんはS社で打ち合わせがある。そんなバカなことを受ける必要はない。


「やっぱり行った方がいいのでしょうか」


 仁科さんは恐る恐る所長の顔を見る。


「行かなくていいわ」


 所長の優しげな言葉に仁科さんは安心したように表情を緩める。

 やっぱり怖いのだろう。敵地に行くようなものだ。何をされるか分かったようなものじゃない。

 俺も行かないことに賛成だ。


「私が代表で行けない連絡をするわ。もしあなたの所にメールが来てたら転送してちょうだい」


「でも……これから心配ですね」


「ええ、上にも断固抗議するわ。……仁科、本当に大丈夫?」

「大丈夫です。むしろ……仕事でS社に行っている方が気が楽かもです。……茜さんや岸山さんに良くして頂いていますから」


「仁科さん」

「花むっちゃんもごめんね……。心配かけちゃったね」

「いいんだ。もっと頼ってくれ」

「うん、ありがと……」


 もう遅い時間なのでいったんはこれで解散となった。

 12月の年の瀬で不安でいっぱいになる中、日々の業務を続ける。


 だが……トラブルはすぐに始まった。


「所長、beetシステムが動きません!」

「どういうことなの……?」


 仁科さんが本社への出勤を断った次の日。突然beetシステムが動かなくなったのだ。

 短時間で復旧するかと思ったがお昼が過ぎても復旧しない。


 極めつけは……浜山SOのみのbeetが機能しなくなっていたのだ。

 近隣の名古屋と横浜は問題なく動作している。この時点で分かる。吉名課長が、情報シスアド課がわざと浜山SOにだけトラブルを引き起こしたのだ。


 情報シスアド課にはクレームを入れたが突発のシステム不具合で調査中とだけしか返ってこない。

 俺達の仕事はbeetありきとなっている。このシステムが使えないおかげで仕事がパンクしてしまった。


「仁科、どうにかならないの?」

「管理者権限がないとどうにもならないです……。まさかこんな手を使ってくるなんて……」


「近日中に提出予定の見積や売り上げ処理が出来ません。……これ……お客様に迷惑をかける案件ですよ」


 顧客なんて知ったことかと言っていた吉名課長のことだ。

 何も考えてないんだろうな。これはやばいぞ……。


 メールと電話は使えるので取り急ぎ、顧客に謝罪の連絡を行う。

 名古屋、横浜の事務員に協力を要請し、即今に対応しなきゃいない問題は片付けた。

 beetが使えない状態が週末まで続くことになる。

 本来なら定時で終わる仕事もままならず……金曜日の21時に到達していた。


「みんな……お疲れ様」

「……疲れました」


 所長と陽葵はぐったりとしている。

 それもそうだろう。普段使い慣れているツールがまったく使えないのだ。

 仕事に大きな支障が出てしまっている。

 特に事務所にいた2人は普段の仕事が出来ず、苦労したことだろう。


 俺と仁科さんも営業活動が終わってからすぐに2人のフォローを行った。


 仁科さんが立ち上がる。


「あたしの……せいだ。あたしが本社に行かなかったからこんなことに」


「違う!」


 俺は叫んだ。


「君はまったく悪くない! あいつらおかしいんだよ! こんなやり方ありえない! 下手をすれば顧客から訴えられてもおかしくないことだ!」

「そうね。S社もY社も12月締めだから……期末時期にこんなことをし出かしてどんな大きなトラブルになるわよ」

「仁科さん、わたし達は大丈夫ですから」


 所長や陽葵そして仁科さんが優秀でシステムなしでも何とか必要な分を処理することが出来た。

 これで人が少なかったり、能力が足りてなかったりした場合、地獄だろう。

 ほんとなんてことをしやがったんだ。


「でも! このままずっとシステムを止められると思う。今週は何とかできたけど……年末まで続いたら体がもたないよ」


 これから先、下手をすれば1月からもこうなる可能性がある。

 さすがに浜山SO全部を切り捨てるマネを本社がするとは思えないが……だが吉名課長に睨まれないために捨て石にする可能性だってある。

 くそ、どうにかならないのか。


「もう一度上に掛け合うわ。……それで駄目なら会社に対して無理かもしれないわね。正直、苛立ってるもん」

「所長……」

「わたしも同じ気持ちです」

「陽葵も」


 所長と陽葵が……いらだちを込めた言葉を吐く。

 つまりそれは会社に対しての失望に繋がる。


 仁科さんが本社に行き、所長と陽葵が会社に絶望し、辞職する。

 そうなった場合は浜山SOは終わりだ。


 ……くそ。


「あたし……本社にいくよ」


 仁科さんが喋る。


「だけど、そんなことをしたら」

「あたしが本社に行けば少なくとも……beetシステムは動くはず。正直トラウマだけど……大丈夫、みんなのおかげで強くなれたんだもん。大丈夫だよ」


「でも……」


 足が震えてるじゃないか!

 俺だって分かる。あんな横暴な上司と嫌味な先輩がいるところで何年も過ごしたら頭がおかしくなる。

 だけど八方塞がりなのも事実だ。


 すでに売り上げ処理のミスなどでクレームが発生してしまっているのだ。

 来週からさらに増えることだろう。


「大丈夫だよ、あたしに任せて!」


 その強がりにしか見えない言葉だが俺も所長も陽葵も疲弊しきり、何も言えなかった。


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