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140 (葵視点)温泉旅館 ~それぞれの想いと願い~⑤

 お米炊子という名前はもちろん知っている。

 仁科さんや美作さん、九宝さんが大好きで尊敬している作家でWEB内外で人気の作家であることはファンでなくても知っていた。


 もちろんみんなから書籍を薦められたが、正直な所そこまで好みではない文体だった。

 姉と花村さんと遊びにいった時にちらっと触れた時はそこそこ面白いと思ったが、私が尊敬する作家さんはもっと重厚なファンタジーを書く作家さんで……それを語り出すと無駄に長くなるので割愛する。


 今後も関わることはないなと思っていたけど、この前グループチャット内で九宝さんと美作さんが興味深いことを言っていた。


「わたしが落ち込んでいていた時にわたしと同じ状況の短編が投稿されたんです! あの作品と花村さんに救われたって感じ」

「私もよ。幼馴染愛を勘違いしそうになった時にその時の私と同じ状況の短編が投稿されたのよね。本当に偶然ってあるものだわ」


 友人としてお二人の悩みが解決されたことは喜ばしいことだ。

 お仕事にもちょっと影響してたみたいだし……それを何とかされた花村さんの働きは本当に凄いなと思っていた。


 そしてこの間、仁科さんが話題に出したことでお米炊子について本格的に熟考することになる。


 しかし……本当に偶然だろうか。

 1人ならまだしも、ピンポイントなタイミングで2人の事情に沿った作品が投稿されるなんて普通はありえない。


 興味を惹かれ、実際に作品を読んでみるとあまりの一致さにびっくりした。

 2人の経験がお話になったとしたら盗作を疑われるレベルである。


 九宝さんと美作さんの事情を知っている人物がお米炊子に依頼をした可能性が高い。

 考えられるのは仁科さん。

 ただ……美作さんや九宝さんと同じくらいお米炊子のファンの仁科さん。

 創作を依頼できるような間柄とは思えないし……そんな気配はまったくなかった。可能性はゼロではないので保留だけど。


 そして興味深い話を聞いた。


 お米炊子と親しい人として絵師スペシウムという人物がいる。

 これは偶然だが絵師スペシウムの奥さんは私が好きなイラストレーターだった。

 BL関係の……ごほん、私の別の顔が出そうになったのでやめておきましょう。


 イラストレーターさんは本名で活動しており、とあるイベントに参加した時、結婚して時房という名字になったのでペンネーム変えなきゃね~みたいなこと言っていた。

 正直、名字を知ったからどうなるとうわけもなく、頭の片隅に置いているだけだったけど、今回の件で思い返すと絵師スペシウムの本名は時房ではないかということが分かった。


 絵師スペシウムは講演会などで出身高を明かしており、浜山市にある高校であることも調べたらすぐに分かった。

 私も浜山出身のため当然その高校がどこにあるかは知っている。


 そしてこの前チャット上で仁科さんが……絵師スペシウムとお米炊子は同じ学校出身だと教えてくれた。

 とあるイベントでスペシウムがお漏らししてしまったらしい。


 こうなるともう早い。私はその出身高に問い合わせをして、絵師スペシウムこと時房の同級生、数百人を調査した所……可能性のある人物が1名、判明した。


 花村飛鷹。


 お米炊子は花村さんだったのだ。


 断定出来てしまったら後は早い。

 作品傾向とツイートを漁ればどんどん証拠は集まる。


「7chのスレも確認しましたよ~~! 仁科さんの家に行った次の日におっぱいのお話を連続投稿。美作さんのラブホに行った次の日にホテルのお話を連続投稿。九宝さんを大金で買った後に新作で美少女5000万で買ったお話を投稿」


 最後にもう一度突き付けた。


「花村さんがお米炊子先生ですね?」


「……」


 さて……どう反応するかなと思ったら、花村さんは白目になり泡を吹いていた。


「だ、大丈夫ですか?」

「……」


 完全停止していた花村さんが突如動き出し、私から背を向けて、ゆっくりと歩き出す。

 歩き出した先には溜め池があった。


「花村さ~ん。どこいくんですかぁ。花村さん。ちょ、花村さん!?」

 

 まったく……スピードを止めない花村さんの姿に嫌な予感がする。

 花村さんが池に入り始めたので慌てて、手を引っ張った。


「離してください」

「いや11月の池って風邪引きますよ!」


「俺はお米炊子ってことがリアバレたら死ぬって決めてたので今日ここで死にます」

「ちょ、ちょ!」

「みんなには葵さんに正体バレされたので死にますと伝えてください」

「嫌ですよ! そんなこと言えるわけないでしょ!」


 ここで花村さんが死んでしまったら姉を含み、みんなから間違いなく恨まれる。

 って……男の人って力強い! こんな展開は望んでない!


「私は言いません!! 花村さんの正体なんて絶対言いませんから! 元々あなた以外に話すつもりはありませんでした! もちろん姉にも!」

「でも……脅すんでしょ」

「脅しませんよ! 私を何だと思ってるんですか」

「……小悪魔処女」

「やっぱりバラそうかな」


「死にます」

「あぁ、ちょっと!」


 花村さんは頭がパニックになっているようで思ったことが口に出ているに違いない。

 強い力で思いっきり引っ張った。


「私はただ真実を知りたかっただけなんです! 花村さんの正体なんて……気にしていません」


 花村さんが立ち止まった。


「でも……俺……自分の性癖をあんな風に……恥ずかしい姿を見せてしまって」

「いや、もう九宝さんに嫌っていうほど出してるじゃないですか……。喜々としてグループチャットで九宝さんが報告してくれるので全部知ってますよ」

「……」

「だから……身投げなんてしなくていいですって」


「じゃあ……脅したりしないんですか」

「……しませんよ」


 もしこれが10年前だったら、男の子の秘密を握ってしまってからかって楽しみつつ、仲を深めるラブコメが生まれたのかもしれない。

 でも……もう私も花村さんも26歳だ。

 秘密を握って親密な関係になる。そういう時代はもう過ぎてしまっている。


 私は真実を知りたいけど、誰かの人生をどうこうするなんて思っていない。

 人をからかうのは好きだが……傷つけるようなことまでしない。それは姉も私も心に誓っていることである


「花村さんとは良好な関係でいたいです。例えあなたの正体が売れっ子作家だとしても……私はありのままのあなたとビジネスパートナーでありたい」


「あ、葵さん!」

「ひゃう!」


 急に花村さんが手を握ってくる。


「葵さん、あなたは素晴らしい方だ。……尊敬します」


 ドキリと胸が鳴る。


「あぁっと! 離れてください」


 私は胸の高鳴りに慌てて、花村さんの手を外した。

 危ない……危ない。


 私は花村さんと恋愛面において親密になってはいけない。


 なぜなら私は男の好みが姉とドンピシャだからだ。


 幼い頃からそうだった。姉が好きになった芸能人を私も好きになり、小学校の頃、私が好きになった男の子を姉も好みになった。

 だから姉が好きな花村さんを私も好きになる可能性が非常に高い。


 ……今好きになってもまったく意味がない。遅い、遅すぎる。

 絶対結ばれない恋をするくらいなら……好きにならないようにした方がいい。

 花村さんが仁科さんを好きなのをもう分かっているのだから。


 絶対に好きになっちゃいけない。私のため……仁科さんのため、そしてお姉ちゃんのため。


「俺……ずっと隠してたのが不安で不安で」


 でもね。


「こんなに完璧に隠していたのに……解き明かすなんてすごい!」

「隠す気あったんですか?」

「ぐはっ!」

「あんなバレバレの短編書いておいて……、多分その内他の人にもバレていたと思いますよ」

「あぅ!」

「本当は明かさずに私の中だけで完結するつもりだったんです……。けど」

「けど?」


「その、私と会った直後にショートボブは最高とか髪の毛サワサワしたいとかツイートしまくるのはちょっと止めてもらえると……。うっかり見てしまう私も悪いんですけど、意識しちゃうし」

「アァアアアアアアア!」


 花村さんは奇声を上げて沈んでしまった。

 さて……本題に入ろう。


「花村さん、お願いがあります」

「は、はい……」

「姉と二人きりで会ってもらえませんか。……ただそれだけでいいです」


「それは……」


 花村さんも気付いているはずだ。姉が花村さんを好きであることを。

 そして、今日告白をしようとしている。そのチャンスを作ってあげたい。


「ありのまま返事をして頂ければいいです」

「……葵さん」


 私が脅せば花村さんは姉と付き合う選択肢を取るようにできる。

 学生時代ならその選択肢もありだったかもしれない。


 しかし……もうみんな大人だ。

 そんな無理やりくっつけたような交際をしても……それが本当に幸せな結婚に繋がるのだろうか? 花村さんは仁科さんへの想いを捨てきれず、姉と付き合うのだ。

 そんな姿をすぐ側で私は見ることになる。

 

 みんながみんな……つらい結果になることが見えてしまう。

 私に出来る事は姉がしっかりと想いを告げられる状況を作ってあげられることのみ。


「分かりました。茜さんとお会いします」


 あ~あ。

 あの時、風邪さえ引かなければなぁ……。

 掛河花鳥園でデートして、姉じゃなくて私があなたを好きになってた可能性があったのになぁ。


 ……それが人生だよね。


「あの葵さん、ちょっと聞きたいんですけど」

「はい? 何ですかぁ」


 いつものように戯けた口調で言葉を返す。

 この口調のままなら心を乱さず喋ることができる。


「俺、みんなにお米炊子であることを公表した方がいいんですかね。葵さんのように受け入れてくれるなら……」


 でもね。


「いや、まだ早いと思います。それは誰かと付き合ってからの方がいいでしょう。私と同じようにしてくれるとは限りませんから」


「そ、そうですか」


 あなたの正体を知っているのは私だけ。

 短期間かもしれないけど、その優越感ぐらいは味わせてもらってもいいでしょ?

 あなたと付き合った人に……私が最初に花村さんの正体を知ったんですよ~って言うくらいは許されてもいいんじゃないでしょうか


 あなたへの恋をみんなのために諦めた。

 私だけの特権を……下さい。

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