表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

139/158

139 温泉旅館 ~それぞれの想いと願い~④

 あー、素晴らしい温泉だった。

 湯量豊富な浴槽に様々な種類の温泉。露天風呂は外の寒さとお湯の温かさの差が良い。景観の良さも熱海の地によく合っているように思う。


 一人で温泉ってのも悪くはない。

 気兼ねなく、入りたい浴槽を選ぶことができるし、サウナも自己の判断で入ったり出たりすることができる。

 やっぱ一人は良い。

 一人は……。


 はぁ。


 いつもより長く入ったつもりだったが集合場所に女性陣はまだ来ていなかった。


「俺はもうちょっと女好きを表に出した方がいいのかな」


 今回は特別な貸し切り風呂を借りて、女性陣はそちらに入っている。

 ここは貸し切り風呂であれば混浴することができて、美女5人と一緒に入ることができる。

 陽葵や所長はしきりに誘ってくるもんな……。

 他の3人はさすがに慌てていたじゃないか。


 いやでも……あの美女5人と一緒に入れる機会なんて今後あるはずないし、全裸で入るわけもなく、湯着もあるのでそれを使ってみんなで仲良く入ってもよかったのかもしれない。


 湯着姿でも十分目の保養になる。

 紳士ぶって俺は入りませんと言い張ったが……もう、俺がドスケベクソ野郎なのは陽葵がバラしまくってるわけだし素直になるべきだった。


 でも茜さんや葵さんには社会人花村飛鷹の姿の方が常だと思うし、それを崩してしまうのは……なぁ。


 俺は集合場所の近くにあった、旅館特有の小さいゲームコーナーへ足を運ぶ。


「あ、昔やってたスロットの台があるじゃないか」


 大学時代に泊まった宿では稼いだ分を宿代から割り引きできるみたいなやつがあったよなぁ。

 結局負けて宿代を稼ぐ所かマイナスになったのも良い思い出だ。


 時間つぶしにやるとしよう。

 両替機でコインに変えて、どっと椅子に座る。

 浴衣姿でスロットを打つのも乙と言えよう。

 球技は苦手なので卓球などやらん!


「遊んでるね~」

「ほわっ!?」


 急に声をかけられて、びっくりする。

 もちろん声をかけられたくらいではびっくりしない。


 びっくりする理由はただ一つ。

 声をかけてきたのは仁科一葉という同期の美女で……想いを寄せている人だったからだ。


 飴色の髪を結っており、風呂上がりの姿は色っぽい。

 浴衣姿も魅力的で……本当に可愛い子だなって思う。

 お、落ち着くんだ、俺。


「お、お、お風呂上がったんだ」

「うん、みんなはまだ支度してるから、先に上がらせてもらったよ」


 そう言って仁科さんは俺の座っている横長椅子にちょこんと座る。

 少し小さい椅子のため仁科さんの体が密着して胸がときめいてしまう。

 何度も深呼吸すればいつも通りでいられるはず……落ち着け俺。


「ふう、貸し切り風呂どうだった?」

「すっごくいい所だったよ~。でも種類は少ないから明日の朝は大浴場に行きたいな」

「へぇ、そりゃいいなぁ」

「そっちはどうだった?」

「露天風呂は大きくて良かったよ。サウナ入った後の水風呂が最高だね」

「そっかぁ。みんな上がったら牛乳飲むぞー!」


 風呂上がりの牛乳はいいよな。

 飲むならコーヒー牛乳がいいな。


 ふと仁科さんと目が合う。


 そのくりくりとした愛らしい瞳に心を射貫かれてつい、目を反らしてしまう。

 感じ悪いことをしてしまったと思い、恐る恐る視線を戻すと仁科さんもまた少し慌てた様子で視線を外してしまっていた。


 意識し合ってる? なんて思ってしまったらダメだろうか。


「あ、ああ~」


 仁科さんが甲高い声を上げる。


「花むっちゃん、スロットやるんだ、意外だね」


「大学の時に教えてもらったんだ。だからつい見たらプレイしてみたくなる」

「楽しいの?」

「俺はパチスロの才能は無かったよ。時間つぶしって所かな」


「ふーん、そうなんだ」


 仁科さんがぐいっと近寄ってくる。

 スロットの筐体の演出画面を覗いているのだろう。

 彼女が側に寄れば寄るほど緊張してくる。


 仁科さんを尊重する胸元とか、同期のみんなが恋をしてしまいそうな小顔とか……好きになってしまうポイントは本当に多い。

 やっぱり俺は明確に仁科さんのことが好きのようだ。


「あ、揃ったよ」

「え?」


 気付けばスロットの回転がリーチに入り、7が3つ横並びになろうとしていた。

 演出が開始されて、効果音の音量が大きくなる。

 これは熱いイベントだ。


「これはチャンスだ!」

「ど、どうすればいいの!?」


 仁科さんは多分知らないんだろうな。

 ま、ここまでいけば基本見てるだけなんだけど……。

 げんを担いでみたい。


「仁科さん、祈ってくれ! パワーをくれ!」

「う、うん!」

「おぅ!?」


 スロットのボタンを押そうとする俺の右手に仁科さんが両手をくっつけてきたのだ。

 温かみのあるスベスベの手のひらが手の甲に広がる。

 さらに近づくことで風呂上がりの優しくて甘い香りが俺の心拍数を上げていく。


 もしかして祈るって直で触れることで効果があると思っているんだろうか。

 だけど……この仁科さんの手にいつまでも包まれたい。


「当たれ!」


 演出は終わり、回転している7がゆったりと降りてくる。


「ああ……」


 2つ7が揃ったロールの最後の1個が通り過ぎてしまう。

 仁科さんの落胆の声が上がる。

 しかし、この状況は……。


 そう、通り過ぎた7のロールが戻ってきて、3つ7が揃ったのだ。

 それはつまり大当たりだ。


「来たっ!」

「え? これ……大当たりなの?」

「そう、やったぞ!」


 スロットの筐体が光り輝く、大当たり演出が開始されてる。


「仁科さんの祈りのおかげだな」

「えへへ、やったね!」


 仁科さんと両手を合わせて喜びを分かち合う。

 誰かと喜びを分かち合うってとてもいいなぁ。

 こうやって両の手のひらを合わせて……合わせて。


「あ……」


 仁科さんから声が漏れる。

 ばっと手を外されてしまった。


「ご、ごめんね、テンション上がっちゃって」


 照れる様も本当に魅力的で恋が焦がれてしまう。

 そんな姿をもっともっと見続けたい。


「え……と大当たりしたらどうなるのかな」


 いつのまにか大当たり演出は終わっていて、メダルがジャラジャラと出てきた。

 このメダルの枚数で景品と交換できるようだ。

 交換のレートは……え、特別クレーンゲーム1回券?


 ああ、この横にあるやつか。

 携帯ゲーム、ぬいぐるみなどそこそこ高価なものが置かれている。


 数が少ないからゲームコーナーの商品引き換え券みたいなものか。


「クレーンゲームって苦手なんだよね……。掴んだと思ったら全然力が足りなくて」

「今、アームの力を調整できるからね。でも案外いけるかも」


 目の前のクレーン筐体はかなり古そうだし、そういった機能はないかもしれない。

 でも失敗したらもったいなぁ……。

 まぁいいか。


 店員さんに引き換え券として特別なコインをもらい、クレーンゲームに投入した。


 2つのボタンを操作してゆっくりとアームを動かしていく。

 狙いはゲーム……はいらない。

 ぬいぐるみも位置的にきついな。

 ……だったら。


 アームの力具合が分からないので取りやすい所を狙う。

 狙いは……近くにあるキーホルダー。


「あ、かかった!」


 仁科さんの声に力が入る。

 アームが狙いのキーホルダーを掴み取り、そのまま持ち上げた。

 アームの力はそこそこ強いな。これならぬいぐるみでも良かったかもしれん。

 後で……コインを稼いで交換しようかな。


 掴んだキーホルダーは見事に回収することができた。


「わぁ~花むっちゃん上手いね!」

「アームが強かったおかげだね。小さいものなら場所を間違えなきゃ取れると思う」


 俺はキーホルダー、浜山のマスコットキャタクターを象った出世大名のキーホルダーを仁科さんに渡した。


「仁科さんの祈りのおかげだし、あげるよ。出世できるかもよ」

「ありがとう~! 所長より出世してみんなを顎で使おうかな」

「そのためにはテスモの仕様の決定のミスを減らさないとね」

「もーー! この前あたしが間違えたからってもー!」


 やっぱり変に意識せずに会話するととても楽しい。

 仁科さんはキーホルダーを胸に当てる。


「ありがと。花むっちゃんからのプレゼント……嬉しいな」

「う、うん」


 やばい、またドキドキしてきた。

 やっぱり可愛すぎるんだよな……。何かもうどうでもよくなってきた。

 この想いを彼女に伝えたい。


 ……どこかで時間を取れないか。


「おやおや~~~、お二人とも楽しそうですね」


 そんなこと考えてた所に葵さんの間延びした声が聞こえる。

 葵さんが浴衣姿で側まで来ていた。


「お二人とも楽しそうですね~」


 葵さんの奥には所長、陽葵、茜さんも来ていた。

 みんな風呂から上がったのか。


「あ、えっと……うん」

「スロットで盛り上がってしまいましたよ」


 この冷めやまない胸のドキドキを抱えたまま言葉を返すことにした。


「ふーん、なるほど! あ、花村さん……ちょっと男手が欲しいので来てもらっていいですか? 仁科さん、花村さんをお借りしてもいいですか?」

「な、なんであたしに……」

「俺は構いませんよ」


 ちょっとクールダウンしたかったし、ちょうどいい。

 葵さんに連れられ、みんなから離れていく。


 導かれるように連れて行かれ……いったいどこへ行くというのか。

 男手ってのも意味が分からない。駐車場とも違う方向だし。


 尚も歩く葵さん、いつのまにか人がまったくいない屋外にまで来ていた。


「あ、あの……葵さん、何を」

「ちょっと花村さんに聞きたいことがありましてぇ」

「何ですか? 俺で良ければお答えしますよ」

「書籍化ってどういう風に打診が来るんですか?」



「え」


「ああ、言い忘れました。昨日も書籍が重版されたって言ってましたよね。おめでとうございます」


 その言葉に頭が真っ白になる。

 口が自然と開いてきた。


 葵さんの笑顔だけが目に映る。


「花村さん。いえ……お米炊子先生♪」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ