137 温泉旅館 ~それぞれの想いと願い~②
「ああ……結局行くハメになってしまった」
「ふっふ~ん、今日はいっぱい楽しみましょうね」
助手席に座る陽葵が笑う。
結局、そんな事情で俺が車を出すことになった。
参加するのはしゃーない。運転すること自体は嫌いじゃないし。
出発地点から熱海まで約2時間半。休憩含むともう少しかかるかな。
「すみません、花村さん。車を出して頂いて」
「いえいえ、ご招待頂きありがとうございます、茜さん」
「今回……花村さんといっぱいお喋りしたいと思っていたので……楽しみです」
「あはは、俺もですよ」
「ふふふ、飛鷹もすっごく楽しみにしていたみたいですよ」
「みんなでいっぱい楽しみましょうね」
所長と陽葵が繕った言葉で茜さんに言う。
この女ども……。俺がこの2日、体を空けるためどれだけ徹夜したと思ってやがる。
どっかで借りを返したい。2人縛って、ワキをペロペロ舐めまくってやろうか、それぐらい許されるだろ。
今の段階で実は行くのが嫌でしたなんて子供みたいなこと言えるはずがない。
茜さんは招待してくださった側だ、さらにビジネスパートナーの立場でもあるので……この温泉旅行に行きたかった感を出すのは当然である。
ちなみに俺の車は茜さん、陽葵、所長がいる。仁科さんの車には葵さんが乗っていた。
仁科さんとイチャイチャしたいので花村ハーレム組とその他で別れましょうってのが葵さんの言葉だ。
創作でのハーレムは大好きだが、現実は正直勘弁して欲しい。
4月の人事で男の新入社員を絶対浜山に呼んでもらう!
「旦那様、お菓子を作ってきたので食べませんか?」
「今日は家事代行モードじゃなくてもいいんだよ」
「稼げる時に稼がないとダメですから」
「2000万返し終わったら……もう来なくなるの?」
「うーん、もし良ければこのまま働かせてもらえたらなぁって。体は張ってますがお金になる仕事だと思っているので」
「なるほどね……」
もはや俺は陽葵なしの暮らしが考えられなくなっている。
平日から土曜日までに出てくる飯が最高に嬉しいし、掃除洗濯もやってくれて、スーツのアイロン掛けも完璧だ。
もう一人で何でもやる生活に戻りたくない。
借金返し終わったら本格的に雇用を考えたい。
「熱海まで2時間半くらいですか。休憩も含めて50分交代くらいですね」
「ああ、もしかして運転代わってくれるのか?」
「いえ、助手席をローテーションするのです」
「それ意味ある!?」
50分後、休憩の後、座ったのは所長だった。
「ねぇ飛鷹」
「何ですか所長」
「もー、プライベートなんだから姉さんか凛音って呼びなさいよ」
「俺を無理やり来させておいて……ぬけぬけと」
「だって……飛鷹と一緒に旅行に行きたかったんだもん」
あーくそ、かわいい。
女に耐性できたからって、女に強くなったわけじゃない。
基本的に美女には弱いんだよ、勝てやしない。
「業務命令って言ったんだし、給料出るんでしょうね」
「欲しいの? お金で来てくれるんなら払うわよ」
残念ながら俺はまったくお金に困っていない。
むしろ払うからこの旅行を拒否したいくらいなのに……。
「上司権限だと飛鷹も素直になっちゃうのね」
「まー、昔から上司に従う社会人生活でしたから」
「結婚して……って上司権限で言ってみる?」
「聞こえてますよ。間違っても書類に婚姻届紛れ込まさないでくださいね」
釘を刺しておかなければ……。今の姉さんは何をしでかすかわからん。
「そんなことしないわよ。で、お詫びなんだけど」
姉さんがぐいっと顔を近づける。
「おっぱい触らせてあげようか?」
「運転中なので控えてください。……完全に陽葵の影響受けてんな、姉さん……」
そして50分後。
「し、失礼します」
「茜さんが隣に来るのは掛河花鳥園以来ですね」
「あ……、ふふ、そうですね」
お互い敬語口調ゆえに距離が出来てしまうが、案外これぐらいの方が心地よい気がする。
俺って結構茜さんと波長が合うんだろうな。この前の横浜出張での飲み会も正直楽しかったし。
「花村さん、コーヒーをつくってきたんですけど飲まれますか?」
「ほんとですか? 頂きます」
「熱いので気をつけてくださいね」
「ゴクッ、あ、美味しい。そういえば茜さんって作品の中でもコーヒーに造詣が深い描写を書いてますよね。好きなんですか?」
「花村さんって私の作品読んでましたものね……。何だかちょっと恥ずかしいです」
「ええ~、先週投稿された短編も見ましたよ。また幼馴染を闇落ちさせてたじゃないですか」
「いや……もう、花村さんったら!」
「ははは……って何2人でじっと見てるんだよ」
「茜さんと飛鷹って仲良いわよね」
「わたしの作品とかは全然感想言ってくれないのに」
あまり言いたくないが、正直茜さん以外の4人の作品はあまり面白くない。
俺が茜さんこと紅の葉のファンなのは単純に作品が面白いからである。
最近陽葵の作品のクオリティが高くなってるけど、やっぱ女性向けだけあって感性がちょっと違うのだ。
イケメン男子がいっぱいの作品なんて俺はあんま興味ないし……。
「茜さん、気をつけた方がいいです。旦那様、おっぱい大好きだから茜さんの胸も狙われてますよ」
「しねーよ!」
「確か……朝起きるといつも揉まれてるってグループチャットで」
「陽葵、どれだけ盛ってんの!?」
「盛ってないですよ、正真正銘のEカップです」
「そういう意味じゃない。分かって言ってるだろ」
「茜さんいいですか?」
姉さんが声をかける。
「はい? いいですけど、何ですかってにゃあ!?」
「やっぱ大きい。Gカップはあるわね」
「私はFです! って何を言わすんですか!」
「いいって言ったので」
後部座席から揉みしだいたっぽい。運転してなきゃ見たかった!
ひでぇことをする。
姉さんめ、チャンスを伺ってたんだろうな。
夏の休暇の時に仁科さんの胸のサイズを聞いた時の流れと一緒だ。
ちょっと大きめのサイズを言って訂正させる流れ……。茜さんは真っ赤になって涙目になっている。
「やっぱり仁科の方が大きいわね」
「でも仁科さんはむっちりタイプですし、細身の茜さんの方が……」
「2人ともそのへんにしておこうか」
しかしまぁ……言うだけのことはある。
茜さんって細いんだよなぁ。体型的には陽葵に似ている。
背の高さは似たような感じなのに胸は圧倒的に……。
「花村さん、……ちらちら見るのは勘弁してください」
「おわぁ! ごめんなさい!」
「わ、私はまだ揉ませませんから!」
「揉みませんよ!」
まだ……ってことは頼めば揉ませてくれるんだろうか。
ちょっと興味を引きつつも……目的地の温泉宿に到着する。
◇◇◇
時刻は夕方頃、今回は観光もせず、スムーズに目的地に到着した。
仁科さんを除いてみんな静岡出身だし、俺も熱海には何度か来たことがある。
温泉でゆっくりして、美味しい料理を食べて……美女達の創作論を聞きながら過ごすのも悪くはない。
「あ~疲れたぁ」
「お疲れ、仁科さん」
仁科さんも一人で運転してたし、疲れたのだろう。
「花むっちゃんもね」
「花村さん、ハーレムはどうでしたかぁ?」
「どうもしません」
ひょこっと葵さんが後ろから出てくる。
まったくこの人は言いたい放題言ってくれる。
「葵さんはいつも通りで安心です」
「あらあら、お疲れさんのようですねぇ」
葵さんがぽんと仁科を押し出す。
「え?」
「花村さんに言いたいことあるんですよねぇ」
「あ、もう……、葵さんったら」
何かこうやって直で向かい合うとドキドキしてくる。
仁科さんは俺に何を聞こうとしているのだろう。
「あのさ……花むっちゃん」
「うん、なに?」
「あとで……あたしと」
「飛鷹!」「旦那様!」
その時、俺の両手はがしっと姉さんと陽葵によって掴まれてしまう。
「わっと!」
「早く受付にいきましょ」
「温泉に入りたいです~」
まるで邪魔をするように2人がどんどん宿の方へと俺を押し出していく。
く、これじゃ……話せないじゃないか。
って。
「あの茜さん、何してるんですか……」
両腕にしがみつく陽葵と姉さんとは違い、茜さんは俺の上着の裾を可愛く引っ張っていた。
「……だめ?」
ひゅー、かわいい。
陽葵や姉さんは慣れた感があるが、茜さんのこういった姿は正直目新しくて興奮してくる。
やっぱかわいいな、この人。
「葵さん、行きましょ」
「は~い」
ああ……仁科さんがふんと怒って中に入ってしまった……。
俺ってやつはやっぱり……。
がくっと項垂れつつも旅館の受付場へ行く。
「おい、……あの5人めちゃくちゃ美人じゃないか」
「すっげ……アイドル、いや女優達かな」
「くそ、あの男いいなぁ、ハーレムかよ」
あながち俺はアイドルのプロデューサー系なのかもしれないなぁ。
今の流行ならトレーナーか?
ざわざわとし始めて注目されてしまう。
いっそ、そのような感じで振る舞った方が目立たないかもしれませんな。
「浜山からお越しの花村様と……5人の嫁様!?」
「なんすかそれ!?」
「ちょっとお茶目な予約を取りましたぁ」
葵さん! 面白がって取りやがったな!
5人の嫁ということでさらに場がざわめく。
そしてこんな言葉が投げかけられる。
「浜山のドン・ファンだ!」
もうやだ。