136 温泉旅館 ~それぞれの想いと願い~①
11月下旬となり、すっかり寒くなってしまった。
外周りをしていると体が冷えてくるのでこういう時こそ温泉につかってゆっくり羽を伸ばしたい。
なんてことを考えていた。
「う~~ん、やっとついたぁ。肩と腰が凝るわぁ。年かしらねぇ。陽葵、肩叩きして」
「所長ったらもう~。葵さん、2人きりの車内はどうでした?」
「ふふ、良い時間でしたよ。仁科さん、運転お疲れ様です」
「ありがとうございます。あ~やっぱり熱海は遠いねぇ。運転疲れるよ。あ、茜さん、ハンカチ落としましたよ」
「うっかりしてました。……花村さんも運転お疲れ様でした」
「あ、はい……ありがとうございます」
そんなわけで……今、俺は1泊2日の熱海の温泉小旅行に来たのである。
俺を除いて美女が5人。
どうしてこうなってしまったのだろう。
◇◇◇
「所長、S社の件でちょっと……」
「ええ、見せてちょうだい」
それは先々週の事務所でのお話。
すっかりS社の案件は仁科さんが担当するようになり、所長が営業所にいる日が増えてきた。
営業に出たいって頻りに言う所が何とも所長らしい。根っからの現場人間なんだろうな。
「へ~~、いいじゃない」
いつのまにか話題が仕事の話ではなくなっていたようだ。
仁科さんも所長も笑顔になっている。
「聞きなさい花村くん、陽葵」
俺と陽葵は所長の方へ向く。
「茜さんが熱海の温泉宿に行きませんかって私達を招待してくださったのよ。しかも宿代がタダ!」
「へぇ~、すごいじゃないですか。でも何で俺達に……」
「本当はご家族で行く予定だったんだけど、ご両親の違う予定が運悪く被ってしまったそうで……」
実際に話を受けた仁科さんが話す。
「茜さんと葵さんがあたし達と創作合宿をしたいって提案してくれたんだよ」
「わぁいいですね~。熱海の温泉宿なんていつぶりだろ」
陽葵も嬉しそうに顔を綻ばせる。
うん、とっても良いことだな。
「あとはね。茜さんも葵さんも自分達の車を持っていなくて長距離運転が苦手みたいなの」
ああ、あの2人と話した時に言ってたな。
車の運転が苦手で、日常はお父さんに送ってもらったり、バスを使ってるって言ってたっけ。
つまりフォーレスメンバーに車を出してもらう代わりに温泉宿に招待するって所か。
そういう提案なら気兼ねせずに済みそうだな。
「再来週の土日は温泉旅行よ!」
「熱海かぁ、美味しい海の幸も食べられそう」
「ふふ、そうですね!」
「じゃあ5人でいってらっしゃい」
その瞬間じろっと3人に見られる。
「花村くん、今なんて言ったのかしら」
「えっと……5人でいってらっしゃいって」
「花村さん、来てくださらないんですか?」
「え、だって男は俺1人だし、俺が嫌だし」
「……あたし達を理由にするんじゃないんだ」
出会った時なら女性陣の中に男が紛れるなんて良くないだろって話にしただろうけど、もう今となっては正直に言える。
俺はそんな状況で行きたくない。
「正直何されるか分かったもんじゃない」
「失礼ねぇ。まるで私達が花村くんに何かするみたいじゃない」
「そうですよ、いいがかりです」
就業時間終わったら飛鷹~、旦那様~抱いてって言って抱きついてくる人達が何を言うか。
マジで仁科さんの目がつらいんだぞ。
「車は所長と仁科さんが持っているんだから2台5人で行けるでしょ。楽しんでらっしゃい」
「花むっちゃん……来てくれないんだ」
ぐっ。
好きな人と温泉旅行は魅力的だが……それ以外の人選に難がある。
仁科さん目当てで行っても結局所長と陽葵がくっついてくる未来しか見えない。
「私達の浴衣姿……興味ない?」
「5人で行ってらっしゃい」
「花村さん、酔って抱きついちゃうかも」
「5人で行ってらっしゃい」
「むむむ」「むー」
所長と陽葵が可愛らしく睨む。
分かってないな。夏のレクリエーションのベッド事件以上にやばいことなんてそうはないんだよ。
エロで釣ろうとしてももう無駄だ。
浜山に来て……経験した様々なイベントで女性に対する耐性はほんとについている。
男、花村を女の誘惑で落とそうなんて絶対無理なんだよ。
仁科さんの浴衣姿とか……一緒に温泉とか興味あるけど……今じゃなくてもいい。
それに土日はしっかり副業がたまっている。お仕事しないと。
「5人で行ってらっしゃい」
確認も含めてもう1度言ってやる。
これでみんな諦めた。
そう思っていた。
男、花村は女に耐性はある。
だけど……。
所長がゆっくりと俺に近づき、小さい体で頑張って肩を叩く。
「所長?」
「花村くん」
肩をぐっと掴まれる。
「業務命令よ、来いッ!」
「はい、行きます」
男、花村……上司の命令には逆らえない。
ああ、平社員ってやだ。