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134 君との距離③

「あ」「あ」


 浜山セールスオフィスとしては2台営業車があり、所長と仁科さん、俺の3人で取り合う。

 事故のリスクもあるので打ち合わせだけなら公共交通機関を使うものだが……営業車が余ってる時は使うことが多い。


 今回俺と仁科さんで振り分けられた営業車だが、緊急の件で所長が使うことになったため、もう1台を俺と仁科さんのどちらが使うかという形となった。

 その連絡がギリギリになってしまうとこのように営業車の前でかち合うことになったりする。


「え……と花むっちゃんはY社だっけ」

「ああ、三好さんのところに……、仁科さんは浅川葵さんのとこだよね」

「うん、そうだね」


「……」

「……」


「一緒に行こうか」

「……うん」


 何だか気まずい!

 ここ最近、仁科さんと距離があるように感じる。

 今回だって同じY社だったら分かれていく必要なんてない。

 なのにお互い一緒に行くことを躊躇してしまった。


 俺が運転し、仁科さんは助手席に座ってもらう。

 最初の10分ほど無言が続いていたが……勇気を出して声をかけてみる。


「仁科さんとこうやって一緒に行くのは久しぶりだな」

「え? うん、そうだね。……夏過ぎてからお互い単独が増えたよね」


「ああ、でも一人で行くようになってから大変な目に遭うことが増えた気がする。もう少し仁科さんや所長の営業スキルを見ておくんだったと思うよ」

「え~、上手くやれてるじゃない。夏過ぎてからは特に」

「盆前に大失敗したからね。あれから注意深くなったよ」


 うん、良い感じに喋れている。

 やっぱりきっかけって大事だよな。

 この感じならいけそうだ。


「そっちはS社の案件どう? 所長の引き継ぎ上手くいってる?」

「うーん、やっぱり所長が凄すぎたから比較されちゃうね。岸山さんにも頑張ってと言われるけど……あれはつまり所長に劣ってるから頑張れってことなんだろうなーって感じる」

「所長の営業手腕は凄かったもんな……」

「うん……でも」


 仁科さんは言い淀む。


「美作凛音17歳です! はないよね」

「ぶふっ!」


 この間の俺の家での騒動の件、所長のあの言動は今でもよく覚えてる。


「仁科さんも知ってたんだ」

「陽葵ちゃんがグループチャット内で音声データ公開してたから茜さんや葵さんも知ってるよ」


 何てとんでもないデータをオープンにしちゃったんだ、あの子は。

 この前、所長が17歳になりきってた時に陽葵がしれっと録音していたらしい。


「ま、所長のすっぴんを知ってるから……そこまでの衝撃はないけど……泣く子も黙る所長が17歳を演じるのは来るものがあるね」

「すっぴんの所長、マジで高校生みたいでびっくりなんだけどなぁ……」


「それで……茜さん」

「茜さんがどうしたの?」

「あたしと会うたびに落ち込んだ顔をするの、マジでやめてほしい」

「え、それどういう?」


 仁科さんがきりっと俺を睨む。


「毎回、今日は花村さんじゃないんですね、って言われるの!」

「え」

「可愛らしいなって最初は思ったけど、連発されるとさすがにこっちもきついよ」

「茜さん対応をお、俺が変わろうか?」

「それはいい。よくないことが起きそうだし」


 仁科さんはふてくされた顔で正面を向いた。


「ほんと花むっちゃんもてるよねー。所長に茜さんに陽葵ちゃん。さすがに自覚あるんでしょ」

「無自覚ではいられないよなぁ」

「鈍感ラブコメ高校生なら許されたかもしれないけどね」


 ……そうなんだよな。


「やっぱり……茜さんってその……何ていうか、勘違いじゃないよね」

「ホテルで一緒に寝たくせに?」

「よよよ……」

「情報はすぐに流出するって思った方がいいよ」


 とんでもねーことだ。

 最近、陽葵が自慢気に俺とのお遊びを喜々として話しているらしいし……正直複雑だ。

 やっぱり俺がお米炊子って情報だけは隠し通さなければならない。


 話題を変えよう。

 正直聞いてみたかったことがある。


「仁科さん、前……気になる人がいるって言ってたじゃないか」

「う、うん……」

「もしさ、尊敬する、例えばお米炊子が仁科さんを好きだって言ったらどうする?」

「え、なにそれ」

「たとえ話だよ。前に抱かれてもいいって言ってたじゃないか」


 浜山に勤務をし始めてすぐに言っていたことを思い出し話題に出してみる。

 あの時は同調的に言ったのかもしれないけど……。


「え、えーと……。尊敬してるよ。宮廷スローライフの最新刊もすっごく面白いし、アニメ化も楽しみにしてる」

「うんうん」


「今はその……抱かれたいはないかな」

「それは……なんで?」


「なんでって……、誰構わず抱かれたいと思う女と思われたくないし」

「え? 聞こえなくて、もう一回」

「なんでもありません!」


 くそ、本当に聞こえなかった。

 もうちょっと大きな声で呟いてほしかったぞ。


「じゃあ、仁科さんはお米炊子が側にいたとして……問題ないってことかな」

「うーーん、でもねぇ」


 あれ? 何か風向きが変わった気がする。

 仁科さんがはぁっと息を吐いた。


「最新作の5000万で美少女を買ったってやつ、あれ一応読んでるんだけど」

「ああ……」

「すごいよね……。最新話で10話連続投稿してきたときに10歳年齢をサバ呼んでるヒロイン出してきたじゃない」


 ああ、先日陽葵と所長の絡み合いにインスピレーションが増大したんだよな。


「お米先生って本気で変態なんだなって痛感したよ。作品は大好きだけど、現実にいたらちょっと引いちゃうかもね」


「……」


「何で花むっちゃん白目なの!?」

「死にたくなってきた」

「運転中はやめて!? あたしも巻き添えくらうから!」


 白目でも運転できるんだね~、と感じつつ目的地のY社の構内に到着した。


「何だかよく分からないけど、花むっちゃんは花むっちゃんだよ。腋が大好きなのは一緒かもだけど、お米先生と違う」


「そっすね」


 腋舐めの件も完全に広まってんだよな。

 これ、お米炊子ってバラした瞬間拡散されそうだ……。

 あぁ……もう俺はアホだよ。


 Y社の構内を仁科さんと歩いていると仁科さんが突然立ち止まった。


「で」


 仁科さんはぶっきらぼうに言う。


「花むっちゃんは誰かと付き合ったりとかしないの?」

「え」

「所長も陽葵ちゃんも……茜さんだって告白すれば……付き合えるんだよ?」

「それは……」


 どう回答すればいいか迷ってしまう。

 俺が彼女達の求愛を受けない理由……それは。


「俺がもし……その中から選ばないって言ったらどうする?」

「それってどういうこと?」


 仁科さんは本当に困ったように声を出す。

 俺は大きく息を吸った。


「俺が好きなのは」

「すみませんが構内でラブコメするのはやめてくださいね~」


「きゃっ」

「おわっ!」


 後ろから声をかけてきたのは魅力的な栗色の髪を持つ美女であった。

 彼女こそ俺達が親しくさせて頂いている担当者の浅川葵さんだ。

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