132 君との距離①
「おはようございます」
月曜日の朝、また日常が始まる。
土日は何か悶々して疲れてしまった。
副業のボリュームは減らないし、寝不足になるし……疲れがたまってる気がするなぁ。
「花むっちゃんおはよ~」
「っ!」
俺より先に出社していたのは同期の仁科さん。
最近彼女への恋愛感情が明確になったおかげで滅茶苦茶意識するようになっている。
「今日はいい天気だねぇ」
ああ、かわいいなぁ。
仁科さんのにっこにこした笑顔は本当に癒やされる。
好意を自覚してしまったためにその威力が何倍にも膨れ上がる。
「そうだね……」
胸がドキドキして、気安い言葉を言えないのがつらい。
「花むっちゃん、何か疲れてる?」
「う……ん、ちょっとね」
こうやって疲れを意識させたら癒やしてくれたりしてくれないだろうか。
優しい仁科さんのことだからきっと……優しい言葉をかけてくれるに違いな……。
「そっか、休日も陽葵ちゃんをいっぱい弄んだんだからそれで疲れたんだね」
「ぐっは!」
「陽葵ちゃんが楽しそうにグループチャットに上げてくれるからよく知ってるよ。陽葵ちゃんのおっぱい柔らかかった?」
しかも話を盛ってやがる!
仁科さんの顔を見たら笑っているように見えたけど、目が笑ってなかった。
好意で目を直視できないのが仇になり、気付かなかったのだ。
まだだ! ここからしっかりと好感度を上げていけば!
「おはよー! 飛鷹!」
その時体に衝撃が走る。
そこまでの力ではなかったので倒れることはないが、女性の特有の柔らかさと男を惹きつける香水の匂いにくらっと来てしまう。
「しょ、所長?」
俺に抱きついてきたのは所長だった。
「もー、まだ就業時間前だし、姉さんか凛音って呼んでくれていいのよ」
「え!?」
所長がぐいぐいと体を押しつけてくる。
「あ、あの……胸が当たってます」
「でも飛鷹、おっぱい大好きでしょ? 大丈夫よ」
「何が大丈夫なんだ!?」
お互いスーツ姿なので胸の感触がダイレクトに伝わるわけではないが、所長のクラスの大きさだと当てるたびに少し形が変化するので見ていたくなる。
俺の視線がどうしてもそこにいってしまう。
「あ、あの……、何がどうして」
「私が飛鷹のことを好きだからに決まってるじゃない。仕事とプライベートは分けるって前言ったでしょ? 今日から押しまくるし」
「ちょ! え?」
その時だった、後ろからドンと何かがぶつかってくる。
俺の胸のあたりに両手を絡ませてきて、背中に柔らかい肉感を感じる。
ま、まさか。
「おはようございます、旦那様」
「ひ、陽葵?」
陽葵は今日の朝家事代行の仕事は用事があってこれなかったので別の出勤となる。
陽葵がぐいぐいと体を押しつけてくる。
「ちょ、当たってるよ!」
「あんなに触ったのにまだ触りたいだなんて旦那様のえっち」
「話がかみ合ってないなぁ」
前から所長が、後ろからは陽葵が抱きしめてくる。
どうしてこうなったと思わんばかりの状況である。
美女二人に抱きしめられて気持ちが昂ぶってしまう。
二人ともスタイルいいもんな! ああ、柔らかい。
「ほらっ、陽葵……どきなさい。飛鷹が困ってるでしょ」
「所長、わたしだって旦那様に抱きつかないと仕事頑張れないんです。所長こそどいてください」
「ふ、二人ともケンカしないで……。これまでそんなことしたことなかったくせにどうしてそんな!」
先週までは少なくてもこんな抱きついてきたりはしてないぞ!
まるで何かを牽制しているような……。って二人とも俺の腕に胸を当てるのやめて。
「花村さん、九宝陽葵は俺がもらうって言ったじゃないですか! 早くもらってください!」
「飛鷹! 私と結婚したいと初めて言ったのは俺だって言ってくれたじゃない! 早く……結婚してよ!」
ぐはっ!
俺は格好つけてなんてことを言ってしまったんだ。
バン!!
そんな机を叩く強い音が聞こえる。
俺達3人はそちらに視線を送る。
「み、みんな楽しそうなので……あたしは先に仕事へいきますね。では!」
「仁科さん!」
「ふん」
俺の声に応えることなく、仁科さんは事務所から立ち去ってしまった。
いつもニコニコしている好きな人に睨まれて……もう生きていけない、つらい。
膝をついて落ち込んでしまう。
「やっぱり意識してますね、仁科さん」
「素直になるべきなのよ、あの子も」
「……もしかして2人とも仁科さんのために」
所長も陽葵も冷静な顔つきで仁科さんが去った方を見ていた。
「そんなわけないでしょ。あなたが仁科に想い告げる前に既成事実を作らなくきゃいけないんだから」
「なんつーこと言うんですか」
「……でも良かったですね。仁科さん、怒ってて」
「どこがいいんだよ」
「じゃあ、仁科が笑いながら早くどっちかと付き合いなよ。あー彼氏欲しいなんてぬかしたらどうする?」
「うわあ……。それはメンタルに来る……」
「ま、単純にイチャイチャするなってことで怒ったのかもしれませんが」
それも困る……。
まぁ……まったく脈がないわけではないのが救いだろうか……。
しかし、どうしたものか。
最近仁科さんとあまり話せてないんだよな……。どこかでじっくり話したい。
「飛鷹落ち込んでるわね」
「花村さん、大丈夫です?」
「気分転換に私とラブホでもいく?」
「いやいや、わたしのおっぱいを……」
「2人とも仕事しようか!?」