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131 俺の好きな人

 仁科一葉を入社式で初めて見た時、こんなかわいい子がこの世にいていいのかと思うくらいの衝撃を受けた。

 完全に一目惚れだったと思う。

 愛らしい笑顔で明るい性格、スタイルも良く……とっても優しい。

 同期の半分以上が彼女を好きになって……俺もその中の一人であるのは当然とも言えることだった。


「おはよ~、花むっちゃん!」


 彼女がみんなと同じように俺のことをあだ名で呼ぶことがたまらなく嬉しくて……ドキドキしたものだ。

 だけど……その恋はすぐに実らないことが分かっていた。


 同期の陽キャで優秀な奴らがみんな仁科さんを口説いていたからだ。

 それだけでなく非常に優秀できっと将来幹部になるだろう笠松くんですら仁科さんに積極的なアプローチをしていた。

 優秀でイケメンの先輩達も仁科さんに声をかけている。


 陰キャでモテない俺が仁科さんと付き合える可能性は微塵もなかった。

 そもそも……誰かと付き合ったことすらない俺が彼女を手に入れるなんて考えられようものか。

 だから俺はこの恋心を封印することにした。

 可能な限り彼女と接しなければ……この恋心が表に出ることもない。


 例え彼女が誰かと付き合って結婚して子供が出来たとしても笑顔で祝福できるように彼女を好きである気持ちを心の奥底に沈み込めた。


 仁科さんへの想いはほぼ断ちきり、もしこの時、姉さんや陽葵から好きだと言われたら間違いなく付き合っていただろう。

 ……浜山に転勤する頃までにはほぼ恋心は消え去っていた。


「あ、やっほー。花むっちゃん!」


 再会した彼女は入社した頃よりも綺麗になっていて……封じ込めた恋心が再燃するかのように見えた。

 でも……俺はその封印を解かなかった。意地があったのかもしれない。

 絶対に恋心を出してはいけないと思い込んでいた。


 だけど……その恋心を対象者張本人の家へ行った時も、所長と一緒にラブホ行った時も陽葵を家事代行として雇っても、茜さんと一緒のベッドで寝た時も一線だけは超えず、その奥深くの恋心がそれ以上いかないように心の中でセーブをかけてしまったのだった。


 ……本人を目の前にしてセーブをかけるなんて意味わからないな……。


 仁科さんへの想いを自覚した時、姉さんは言った。


「陽葵の猛アタックにまったく落ちないのを不思議に思ってね。誰も好きな人がいないから陽葵の想いを受けなかったというより、誰かが好きだから落ちなかったことの方がしっくり来たわ」


 そうなんだよな……。

 誰も好きな人がいなかったとしても陽葵や姉さんくらい素晴らしい女性なら付き合って好きになる可能性は大きくあった。

 でも俺はそれをよしとしなかった。


 ……心の中に仁科さんへの想いがあったからだ。


「陽葵が違い、茜さんも恐らく違う。だから私か仁科のどちらかだと思った。でも私は受け入れてくれなかった。だったら……もう仁科しかいないでしょ」


 涙ながら語る所長の姿に……全てを理解したのであった。



 ◇◇◇



 恋を自覚したならさっそく……告白すべきなのだろう。


 多分……仁科さんは俺に対してある程度の好意は頂いてくれていると思う。

 俺はラブコメ鈍感主人公じゃないんだ。

 普通の一般的な感覚を持っている。


 ……いやまぁ、陽葵も所長も実際に好きだと言われるまでまったく好意に気付かなかったけど。

 あの口ぶりだと茜さんも好意を持ってそうな気もする。

 え、いや……あぁ、でもそんな気もする。


 問題はいつ告白するかだな。

 明日か明後日か。早い方がいいよな。


 もしふられたら落ち込むけど……まぁそこは仕方ない。

 もし付き合えたとしたら……全てを話すしかないのだろう。俺がお米炊子ということも話さなければならない。

 人生終わるまで隠し通すなんてことはきっとできない。


 よし、やっぱり彼女に告白をしよう!


 俺は自宅マンションに戻り、801号室の扉を開く。

 そう、お米炊子としての戦果がそこにはあった。


 この目の前に広がる大量のえっちなタペストリーを彼女に見せるということだ。

 じゃあやっぱり隠すか? そうなると付き合った時、こういう話になる。


「君のことが好きです。でも土日と祝日は副業あるので一緒にいられません。理由は話せません、ごめんね」


 交際舐めてんのかと言わんばかりである。

 でも……今更副業やめますなんて言えないんだよ。お米炊子の活動にどれだけの人が関わってると思ってるんだ。

 俺が書かなくなった瞬間、いろいろ崩れ落ちる。


「わっと!」


 ……急にスマホから着信がなる。

 相手はカニカワ文庫の山崎さんか。


「はい、お米炊子です」

「カニカワの山崎で~す。お世話になりま~す。ちょっといいですかあ」


「はぁ、なんです?」

「お米先生の 世の中全てを無双チャーレム! あれをね、OVA化したいって話がありまして」


「え?」

「でもあまりにえっちなので全員18禁声優使ってドエロくしあげたいそうなので……監修とか宜しくお願いしますね~! ヒロインの双子姉妹のドスケベフィギュアも作るみたいなんでできたら送りますね~~! んじゃ!」


 そのまま切られることになる。

 うん、俺の作業部屋にまたドエロいイラストやOVAディスクが飾られる形となるのだろう。


 ……そんな部屋を好きな子に見せられるだろうか……。


頭を抱えつつも、801号室を施錠し、我が家の802号室へ入った。


「あ、お帰りなさい!」

「あれ? 陽葵……。今日は仁科さんのとこへ行くんじゃ」

「もうすぐ帰ってくると思って来ちゃいました」


 今日は土曜日だけど、所長の件があったので出勤は控えてもらったのだ。

 仁科さんの所に行くと言っていたから……ここには来ないと思っていたのに。

 でも腹減ってたしありがたい。


「何か疲れてますね」

「うん……ちょっといろいろ衝撃的な事実が分かってね」

「分かりました!」


 陽葵は俺の腕を掴み、自分の胸に当てだした。

 えっちなメイド服からはみ出る柔らかいEカップの胸の感触が手のひらに伝わる。


「疲れてる時はおっぱいがいいらしいですよ!」

「あ……あ……」

「どうしたんですか? いつもしっかり揉んでるじゃないですか」


 そうだった。

 例え仁科さんと付き合えたとしてもこの家には陽葵がいるんだ。

 好きな人がいるのに美人メイドのおっぱいを揉んでるってクズ野郎じゃないか……。

 何で……俺、こんなことしちゃったんだろう。


「えい」

「陽葵!?」


 陽葵がぎゅっと俺を抱きしめてきた。


「所長からわたしだけに連絡がありました……。フラれたって」

「あ……」

「花村さんは仁科さんが好きなんですね」

「……うん」

「でも……今、花村さんが触ってるのはわたしの胸ですからね。あと所長ももう我慢しないって言ってましたし」


「へ?」


 勝ち誇ったように陽葵は笑う。

 俺はドスケベな作品ばかり書いている副業と2人の美女の猛アタックをくぐりぬけて真に好きな人に告白できるのだろうか……。


 いや、無理だろ。俺が仁科さんの立場だったら超絶に引くわ! 


 ああ、どうして今更恋心を自覚してしまったのだろう……。

 副業だけなら何とかなかったかもしれないが女の子にいたずらしてその性欲を創作にぶつけてるなんて……俺って最低なクズだ。


 告白なんてできるわけがない……。



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