13 歓迎会④
タクシーの後部座席で美作所長と二人きり……。
運転手さんもいるから本当の意味ではないんだけど。
ちらりと覗くと所長のきりっとした美麗な小顔が目に入る。
やっぱり綺麗だ……。外営業の時は暗色の髪をまとめて結んでいるけど、事務所に帰ると流すんだよなぁ。こだわりがあるのかな。
レディーススーツの先から見える美しい生足が素晴らしい。
黒タイツも好きなんだけど、外営業だとあんまり履かないんだっけ? もったいない。
「なに?」
「な、なんでもないです」
やばい、見ていたことがバレてしまった。
「あなたの歓迎会なのに気を使わせちゃったわね」
「そんなことないですよ」
「飲み会にも慣れてる感じだったけど、設計・研究課の時は飲み会多かったの?」
「俺はあんまり参加しなかったですね」
「でも飲み物とかだって率先して注文取ったり、タクシーを事前に呼んでたり……。意外に得意なの?」
「あはは……たまたまですよ」
い、言えない。東京の本社にいた時は作家飲みとかの幹事をすることが多くて意外と手慣れていることに……。
結構いろんな年齢、ジャンルの作家が参加してくれたから楽しかったし、勉強になったんだよなぁ。
浜山に来たからしばらく参加できないけど。
「花村くん、ありがとうね」
「へ?」
「歓迎会でのことよ。酔った男に絡まれそうになったのを食い止めてくれたでしょ?」
「やっぱ……聞こえてたんですね」
「ふふ、意外に高評価だったからびっくりしたわ。おかげでみんなあなたに気を許せるきっかけになったし」
「そ、そうですか?」
「仁科はまぁ同期だからってのがあるけど……陽葵は最初ずっと烏龍茶だったでしょ」
言う通り九宝さんはあのやりとりがあった後から芋焼酎を飲み始めた。
気を許してくれたからお酒を飲むようになったのか?
「みんな男に対して警戒があるから……あまり気にしないであげてね」
「分かってますよ。女性だけの仕事場でいきなり男が来たら正直困惑でしょう」
「そうね。でも思ったより早くみんなのガードが解けたみたい。前提があったからかもしれないけどね」
「あはは、それなら嬉しいです。ってことは所長も解いてくれたのですか?」
「ふふ、どうかしら」
色っぽく言われてしまい、少しだけ顔が熱くなってしまう
やばい、照れて上手く喋られなくなるかも。話題を変えないと。
「あ、運転手さん。先にこの方の家の方へお願いします」
「あいよ」
「花村くん、私の家の前で下ろすなんて……送り狼する気なのかしら」
「ち、違いますよ!」
「そこはまだまだね。後輩は先に降りるものよ。もう一つの住所の方を先にお願いしますね。あと……お金も私が払うから」
「あいよ」
くっ、不覚。
女性扱いも大事だがあくまで美作所長は上司だ。
上司の面目を潰すようなことはなるべく避けた方がよかった。
「あなたのための歓迎会なのに……あなたがお金を払ってどうするの」
「す、すみません」
「ふふ、でもその気遣いは好ましいわ。好意的よ」
おふ、所長から好意的よなんて言われたらドキドキしてしまうじゃないか。
おそらくからかい半分と言ったところだろう。
落ち着いていれば問題ない。
「前を向いて頑張りなさい。大丈夫だから」
……なんだろう。何か既視感がある。
「所長、昔、俺と会ったことあります?」
「なによ。運命の再会とでも言う気?」
「あはははは」
「その半笑いは何よ。ま、私も浜山出身だし会ったことあるかもね」
所長ほどの美人だったら忘れることないから会ったとしても子供の頃の話だろう。
ま、お互い覚えてないならこれっきりだ。
「もうすぐ到着ね」
タクシーを下ろしてもらう所は一番近くのコンビニにしてもらった。
飲み物を買いたかった。
「ふーん、花村くんはこのあたりに住んでるんだ」
「コンビニもスーパーも近いですし、静かでいい所なんですよ」
「私もコンビニでお酒買おっかなぁ」
「飲み足りなかったんですか?」
「ちょっと飲みたくなってきたなぁ」
美作所長はぐっと顔を寄せてくる。
「花村くんちで飲み直そうかな」
所長はぐいと目線を下の方から顔を寄せてあげてきた。
小柄な所長は自分の魅せ方を知っている。男が思わずどきりとする仕草を理解しているように見える。
目を合わせると取り込まれてしまいそうなので目線を下げると白い首元へといく。
鎖骨の先まで美しいなんてことが脳裏に浮かびそうだった。
このまま家に呼べばワンチャンあるんじゃないか。そんな邪な考えが浮かび上がる。
家で……家で……俺の家で……。
「や、それ無理っす」
「え? あ……そう?」
タクシーが最寄りのコンビニに到着する。
「所長、タクシー代ありがとうございます」
「冗談のつもりだけど……ああも自然に断られると釈然としないわね……」
「あの……所長?」
「なんでもないわよ! お休み! 遅刻しないようにね」
「は、はい! お疲れ様でした!」
タクシーの走る音が聞こえなくなるまでしっかりと頭を下げた。
「もったいないことをした気がする……」
少し残念の気持ちが頭にあったが、コンビニでスポドリを買って家に帰ることにした。
家に帰って扉を開けて……すぐ。
「ただいま、フィア」
玄関の先の壁には自作、【宮廷スローライフ】の第一ヒロインのタペストリーを立て掛けてある。
俺の帰宅をいつも出迎えてくれる。最高のヒロインだ。
俺の部屋の壁にはポスターやタペストリーがひたすらに並んでいた。
別に俺は重度のオタク趣味ではない。コミケは行ったことないし、アニメBDなんて買ったことはほとんどない。
「でも自分の作品のポスターはやっぱ張りたいよなぁ」
これは書籍化作家『お米炊子』として仕方の無いことなんだ!
作ってもらったものを貼らなきゃ失礼だよ!
「こんな部屋絶対……美作所長に見せられん……」
それは即ち死である。
「俺、彼女を家に呼べる日が来るのかな……」
だけど止めるわけにはいかない。もうすでに作家活動は俺一人の問題ではないのだ。
やるしかない。