129 (美作視点)上司で幼馴染で大切な姉さん⑦
飛鷹が近づき、私から義昭を引き離し、庇うように私の前に立つ。
飛鷹は私の両腕を優しく掴んでくれる。
やっぱり……飛鷹が腕を掴んでくれるなら怖くないんだ。
そして来てくれた!
小説を読み終わった後に駄目元でメッセを送ったんだ。
時間と集合場所だけを送る。
来てくれる保証はどこにもなかった。
でも来てくれたなぁ。
「宮永さん、申し訳ありませんけど……姉さんを渡す気はありません」
「姉さんって……おい、凛音どういうことだよ!」
「簡単なことよ。幼馴染はあんただけじゃないってこと。飛鷹もあたしにとっての大切な幼馴染なの」
「ぬあっ!?」
飛鷹からは見えなかっただろうけど、私は飛鷹への好意を隠そうとしなかった。
義昭には見えてしまったんだろう。
私が飛鷹のことが好きであると分かってしまったのかもしれない。
「ふざけるな! 俺は……俺が凛音とどれだけ長い時間いたと思っている! アンタなんかぽっと出じゃないか!」
「そうかもしれません。でも俺は姉さんの側に居続けました。宮永さん、あなたは姉さんの何を知ってるんです」
「は?」
「姉さんの一番好きなこと……一番の趣味。姉さんが何を求めているか……あなたは知っていますか」
「そ、そんなこと……」
言えるはずがないよね。
義昭、あんたは私の顔と体にしか興味がないんだもの。
私の好きなもの、私の好きな趣味。何一つとして興味を示さなかった。
……昔はそんなことなかったのにな。
私を捨ててから何も成長しなかったのね。
「凛音! こんな年下の男よりも俺を……俺を選んでくれるよな!」
「姉さん……」
そんなの聞かれるまでもないでしょ。
「私が好きなのは……飛鷹だけよ。腕を握ってくれて……こんなにもドキドキするの、飛鷹だけだもの」
「あ、その……ごめん」
「ふふ、照れなくてもいいのに」
「あああああああああ」
義昭は頭を抱え、絶叫する。
「俺にこんなことしてただで済むと思うな! 会社にクレームいれてやる!! 取引だって、打ち切って!」
「君にそんな権利を許した覚えはないのだがね」
深く重厚な声に私もそちらに目線を向ける。
白髭の目立つ、恰幅の良い……男性、見間違えるはずがない。
私がJ社に行った時にお世話になった担当者……水口さんだった。
「な、なんで……水口さんがここに」
義昭は唖然とした顔をする。
「姉さんから連絡を受けて山梨へ行く途中まで水口さんを迎えにいきましたからね……。正直ギリギリでした」
「水口さんの連絡先はカットしていたはずだ……会社携帯は持ち帰られないはず……」
「簡単なことですよ」
飛鷹は言う。
「水口さんの実家は農園をされている。失礼を承知で連絡をさせて頂き取り次いでもらいました」
水口さんから頂いたお土産は水口のご家族が経営されている農園産だったわね。そこから直接水口さんと連絡を取ったのね。
規律を守る水口さんがそんな義昭の仕事ぶりに怒らないはずがない。
「宮永くん。私は失望したよ。君の入社以来、勤務態度や客先のクレームなど……できる限り庇ってきたつもりだ」
「あ……ぅ」
そんな水口さんの信頼を裏切ってしまった。
あれだけ優しい方が側にいてくださったのにあいつは何をやっているの!
「今回のフォーレスさんへのご迷惑。私の庇える範囲を超えている。……ただですむと思わないことだ」
「……」
義昭は項垂れしまった。
いくらJ社が大企業とはいえ、別の企業に対してこの対応はかなりまずい。
私達には被害がないので穏便にすますことはできるが、J社内ではさすがに……大きなことになるだろう。
「美作さん、花村さん、申し訳ありませんでした」
水口さんが深々と頭を下げてくださった。
水口さんが謝ることじゃない。私も飛鷹も慌てて声をかける。
「後のことは私が責任を持って……処罰しますのでこれで失礼させて頂きます」
水口さんが義昭に腕を引っ張る。
しかし義昭は立ち上がろうとせず、私を見ていた。
その瞳には涙が溢れている……。
「お、俺は……本当はずっと凛音に憧れていたんだ。……強くて格好良くて……美しい凛音が大好きだった。だから少しでも強い所を見せたくて」
それで私をざまぁしたんだ。他の女をあてがって……それで強さを象徴できると思ったんだ。
「でも凛音が側にいなくなってから寂しくて寂しくて……いつか戻ってきてくれるって信じてたんだ」
勝手だわ。私がどれだけ……あのざまぁに苦しんだと思ったの。
「再会してすっごく綺麗になってて……俺、昔みたいに戻れるって思って」
義昭は縋るように地面を這いながら近づいてきた。
「凛音、俺を捨てないでくれぇ! 俺にはおまえしかいないんだよーーぉ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになる義昭。私は飛鷹から離れて、義昭の側に寄る。
私が言うことはただ1つしかなかった。
「もう戻れないのよ、手遅れだバーカ」