128 (美作視点)上司で幼馴染で大切な姉さん⑥
私は……義昭を選ぶわ。
そんな顔をしないで飛鷹。
ごめんなさい。本当はね……あなたのことが大好きなの。
義昭なんかじゃなくて……あなたと一緒になりたい。
でもそれは叶わない願いだと知っている。
私にとってあなたは一番だけど、あなたにとって私は一番じゃない。
それを痛いほど理解しているから……。
あなたは仁科や陽葵や茜さんのような若くて理解してくれる子と一緒になるべきなんだと思う。
仕事上の関係だけで済ませる方がきっといい。
物わかりがいいって嫌ね。陽葵みたいに純粋にアタックできればよかったのかしら。
時は過ぎて義昭の所へ通う日は続く。
あいつと一緒がこんなに疲れるなんて思わなかった。
昔はあんなに好きだったのにね……。
1ヶ月経てば愛情も取り戻せるんじゃないかって思ったのに……ね。
……プロポーズを受け入れたら子供の頃のように教育してやろうかしら。
私好みの男にしてやれば体を許すこともできるのかな。
義昭からラインが入ってくる。
来週の土曜日の夜に浜山城公園で……か。
ふつーだったら夜一緒にディナーを取って、良い雰囲気でプロポーズじゃないかしら。
ま、あのバカにそんな気遣いができるはずもない。
富士まで行かないだけマシと思うことにしよう。
……本当にこれでよかったのかな。
私がラブコメを書き続けるのはかつて義昭にざまぁをされたことが起因である。
幼馴染が愛し合って結ばれ幸せになる。そのシーンばかりをずっと趣味として書き続けてきた。
今でもそれは変わらない。
飛鷹と結ばれたら幸せになれるだろうし、義昭と結ばれたとしてもいつか必ず幸せになれるように努力をする。
私に出来ないことはない。……本当に好きな人と結ばれることができなかったけど。
最近まったく投稿できていないWEBサイトにアクセスする。
仁科は一時期の停滞期を超えて、順調に投稿をし始めた。
陽葵は家事代行の忙しさもあり、投稿頻度は少し減っている。
茜さんと葵さんの投稿頻度は変わらない。
私だけが止まってしまっている。
「あ……」
気付けば尊敬するお米炊子先生の新作短編が投稿されていた。
ジャンルはラブコメ。私がそれを読まない理由はない。
今回の主人公は珍しく女の子だった。
かつて彼女には幼馴染がいて、惨く捨てられてしまい、傷を負ってしまう。
そして新たな人生を歩み始める。
「私の今の状況と同じ……。これは偶然? それとも」
読み進めるのが止まらない。
私の今の状況を見てきたかのような描写の数々にスマホのフリックが止まらなかった。
……主人公の女の子は捨てられた男に再度言い寄られて迷ったのだ。
だけど女の子は断った。理由は一つ……主人公の周りには主人公が好きな仲間達がいたからだ。
主人公は1人じゃなかった。
そうか……そうだったんだ。
「私だけが幸せになっちゃ……意味ないんだ」
私は勘違いしていた。
幼馴染同士が結ばれて幸せになることが一番。そう思っていた、思い込んでいた。
でも違う……、本当に望むことは幼馴染が結ばれて、周りを全部を含めて幸せになることだった。
義昭と結ばれることで幸せになるのは誰?
義昭と私だけだ。
飛鷹に仁科に陽葵……会社のみんな、母に父に妹を含む親族、そして葵さん、茜さんを含む取引先のみんな……祝福してくれるだろうか?
飛鷹も仁科も陽葵も義昭とのことを推奨していなかった。
母さんや妹も義昭の家へ通っていることを伝えると……母さんは……高校の時みたい落ち込むことにならないよね? と心配し、義昭のことが嫌いな妹は何も言わず首を振った。
茜さんや葵さんも体調が優れないことを心配してくれていた。
そう、義昭と結婚してもみんなは幸せにならないのだ。
なんで私気付かなかったんだろう……。
幼馴染同士の結婚は誰も幸せになれるはずの要素なのに……まわりを不幸にしていることに今の今まで気付かなかった。
「……紅の葉さん」
茜さんのWEBアカウントが新作短編を投稿していた。
彼女のことだからきっと幼馴染ざまぁ……の話だと思った。
クリックして覗いてみるとタイトルからして今までとは違う趣向の作品となっていたのだ。
紅の葉初の幼馴染が結ばれるラブコメ作品だったのだ。
後書きにはこう書かれていた。
「ライバルであるあなたに告げます。……つべこべ思わず……筆を取りなさい」
にゃろう。
ラブコメの終生のライバルである、茜さんにここまで言われたら……書かないわけにはいかない。
こんなに感動する幼馴染ラブコメを書いたんだ。
……私もカウンターで書かなきゃいけない。
気付けば時間が過ぎている。
……そろそろ行く準備をしないと……。
何から何まであいつに告げるにはちゃんとした格好をしなければならない。
それが私、美作凛音なのだから。
でも……その前に。
◇◇◇
夜は過ぎ、待ち合わせ場所となった浜山城公園に向かう。
ここは古くから浜山市の中でもデートスポットとして有名だ。
私としても夜景を見るならアキトシティやできれば静岡市の 梶原山公園の方が好きなんだけどね。
義昭も行ったことがある所でしか思い浮かばなかったんだろう。
昔から同性の友達もなかなかいなかったし……ずっと私にべったりだったから。
浜山城公園、桜祭りの時期はとっても綺麗なんだけど、11月となるとそこまでの見所はない。
庭園のほとりで待つように言われた。
そうして……一人待っていると義昭がやってくる。
「凛音、悪い……遅れた」
「はぁ……」
思わずため息をつく。
「待ち合わせ時間から30分遅刻なんて良い度胸ね」
「え……」
「そんだけあったら、今の私なら1話書けるわよ。……時間を無駄に費やして」
「り、凛音? 何か変わったか?」
義昭は私の変化にびっくりしたようなそぶりを見せる。
「それにその格好」
「何か問題ある?」
「いや……そんな高そうな格好」
そうね。今の私は従来のスタイルに戻している。
ブランドモノで身を固め、私の強さを象徴させる。
義昭の家に通っていた頃の甲斐甲斐しい姿はあの時だけだ。
「結婚したらそんな無駄遣い許さないぞ」
「は? 何言ってんの。私が稼いだ金は私の自由でしょ。あんただって無駄にソシャゲの課金してるじゃない。この前も馬に10万使ってさ。バッカじゃないの」
「な、なんだと!」
「この際だから言っておくけど……」
怯んだ義昭に追撃をかける。
「やっぱ私……あんたのことに好きになれないみたい。高校3年の2月20日からあんたへの恋心は消えてしまったの……ごめんね」
「……凛音」
「それでも私と結婚したい?」
「俺には……お前しかいないんだよ!」
義昭が迫ってくる。
いくら迫ってこようが私は怯むことはない。
もう、この気持ちは決まっている。
「凛音!」
「あ……」
でも……義昭が私の両腕を掴んだ時にフラッシュバックのように恐怖が降りてきた。
「凛音……俺と結婚しろ! 子供の頃約束しただろ、俺は覚えている!」
小学校の頃、泣いてぐずる義昭に向けてお互い大きくなったら結婚しようなんて言葉を言い合ったのを覚えている。
そう……思えばあれが初めてのプロポーズの言葉。
「違う!」
私でも義昭でもない声が響く。
そこには……息を切らし佇む飛鷹の姿があった。
「世界で一番最初に姉さんと結婚したいと言ったのは俺だあああぁぁぁぁあ!」