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126 上司で幼馴染で大切な姉さん④

 あの後、所長のお母さんに見られるというハプニングがありながらもお見舞いは何とか終わることができた。

 お互い気恥ずかしくて目を合わせることができず、それが初々しいと思われたお母さんに言い訳するのが大変だった。


 少し懸念事項があるものの、これである程度は良くなる。


 そう思っていた。


 それから少しだけ時が過ぎる。


 11月中旬の時期、宮永さんの所へ行く頻度を減らしたおかげで所長の体調は以前のように戻ったが、それでもまだ本調子とはいかないようだった。

 何度か声をかけてみたが、大丈夫と力強く答えられる。

 そして話題は無理やり切られてしまう。

 仁科さんや陽葵にも相談し、同性サイドから話を聞いてもらったが……結果は変わらなかった。


 仕事面ではしっかり面倒を見てくれるが、プライベートの話となると打ち切られることが多い。

 案に距離を取られている。そのようにも感じる。


「あなたは仁科や陽葵をもっと見てあげなさい」


 それだけしか言ってくれない。

 順調に行っているように見えて少しずつ不安な姿が見え始めていた。


 それは突然やってくる。


 ◇◇◇


「花村さん、担当変わってもらえませんか?」

「え」


 J社での宮永さんと打ち合わせ時、宮永さんから愕然とした言葉を告げられる。


「自分の仕事に不備があるのであれば謝罪します。理由をお聞かせ願えないですか」


「この件、仕事の面での不満じゃない。凛音がいるのに、花村さんと会う必要なんてないでしょ。担当は凛音にしてください」

「美作は所長としての業務があります。すぐに了承はできません」

「凛音の男である俺が言うんだからさ」

「……っ」


 落ち着け。

 仕事とそういった感情は別個に考えるべきだ。

 この人は同じように考えているようだけど、俺まで同じように思ってはいけない。


「水口さんは担当変更についてどう考えておられるのですか?」


 基本的にJ社の案件は前担当の水口さんの方針に則っている。

 最終的に宮永さんに引き継ぐ予定だが、まだ完全に引き継ぐにはいろいろ追いついていない。

 水口さんが担当を変えろというのであれば仕方ないけど宮永さんの独断のまま受けいれるわけにはいかない。


 そういえば今日は水口さんはいない。お休みだろうか。


「今の担当は俺ですけどね」

「……まだ完全に切り替わるとは聞いていません」

「ふん、……水口は先週から体調不良で休職中です」

「え」

「だからフォーレスさんとの取引は全部俺が決めます。この意味、分かりますよね」

「そんな!」


 水口さんの休職が事実であれば全ての窓口は宮永さんに集約される。

 J社の取引は水口さん、宮永さんの部署しかないのだ。

 宮永さんの以外のJ社の社員とはコネクションがない。


「凛音には口頭で話をしてるんで。まぁ正式にメールを送りますよ。担当者の変更の要望ってね」

「くっ……」


 宮永さんが勝ち誇った様子を見せる。

 そうだろうな……、俺はあくまで一営業でしかない。対顧客としてはやはり弱い。


 だけど……それだけじゃだめだ。


「一つ聞かせてください」


「ん?」


「宮永さんは所長のことが好きなんですか? それだけは聞かせてください」

「は? 花村さん、学生じゃないんだからそんなアホなこと」

「これは大事なことなんです。……お願いします」


「好きといえばそうですね。高校の時に不幸な仲違いをしちゃいましたけど……凛音が戻ってきてくれるってずっと思ってました」


 不幸な仲違いって……。それをしでかしたのはあなただろう。

 怒りがこみ上げるが我慢する。


「やっぱいろんな女と付き合ってきましたが、凛音が一番最高っすね。顔も体も一級。口うるさいのは昔からだけど……俺もそこは譲歩してるんです」


「譲歩って……」


「ただ、余計な虫がまとわりついてるのが気になります。あいつの側には俺だけがいればいい」


 俺のことを言ってるんだろうな……。


「自分はそれでも所長の側にいます」

「……なるほどね。だったらもう完全に一緒になるしかないってことか」


 宮永さんが理解したように頷く。

 その口ぶり……嫌な予感しかしない。


「俺、今度凛音にプロポーズしますよ」

「え? まだ関わって1ヶ月ほどでしょ!?」


「出会ってからの一緒にいた年月を足せば10年以上っすよ。そんなに一緒にいて結婚しないなんてバカでしょ」

「……所長の気持ちはどうなるんです」


「ふん、あいつだって俺のことが好きなはずだ。じゃなきゃ……寄ってこないだろう」


 確かにそうなのかもしれない。

 だけど本当にそうだろうか……。

 俺は所長に本当に気持ちを聞いていない。


 俺は大きく息を吸った。


「宮永さんは所長に触れることはできますか? この前言ってましたけど体を合わせることはできたんですか?」

「……」


 宮永さんの表情が変わる。


「そんなの結婚したらいつだってできるだろ。関係ないことだ」


 やっぱり、体を合わせていないんだな。

 だったら……まだ可能性はある。



 ◇◇◇



 J社でのやりとりを終え、法定速度ギリギリで車を走らせて、事務所に戻ってきた俺は所長のデスクの前に立つ。

 書類をチェックしていた所長が俺を見る。


「所長、お話があります」

「定時……は過ぎてるわね」

「大事なお話です」

「……場所を移しましょうか」


 仁科さんや陽葵の視線が気になったが、2人へ話すのは後だ。

 まずは所長の真意を聞くしかない。


 事務所から徒歩で数分の所にあるバーへ足を運ぶ。

 時々所長はここで飲んでいることを知っている。俺自身がそこへ行くのは初めてだった。


「いらっしゃいませ」

「2名でお願い」


 所長にはお決まりの席があるようで、店内に入ってすぐにそこへ通される。

 カウンター席へ座った俺と所長は……まだ早い時間に相応しい軽めのカクテルを注文する。


「それで……何の用かしら」

「宮永さんより担当変更の要請がありました」

「ごめんなさいねあのバカが……」


 そんな言い方しないでほしい。

 まるで宮永さんが所長の対になる人みたいじゃないか。


「さっき社用メールに来たからね……。変更を拒否する場合は取引も考えるって」

「そんな!」

「さすがに横暴ね。水口さんが知ったら怒り狂うんじゃないかしら」

「水口さんは今、休職中だそうです」

「そっか、……ってことは義昭が独壇場になるわけね」


 所長はお気にいりのカクテルを口に含む。

 俺もつられるようにグラスに手をかけた。


「所長は……宮永さんのことが好きなんですか?」

「唐突ね」


「宮永さんは所長のことを好きだと言っていました。所長が宮永さんを好きであれば……俺は何も言いません」

「何も言ってくれないんだ」


「え?」

「何でもないわ。好きかどうかと言われると難しいわね。……好きだったって言葉が一番合うと思うし」


「だからこそ宮永さんにざまぁされた時に大きく傷ついてしまった」

「そうね。……だから今でも好きだと言われるとNOね。でも……時間が解決するんじゃない?」


 曖昧な言葉だった。

 つまり所長は宮永さんが好きではない。でも通うことは止めない、そう言いたいのだろうか。


「所長が宮永さんの所へ行って、それなりの月日が過ぎました。でも所長は宮永さんと体を合わせていないんですよね。していたら……宮永さんはすぐにでも言うでしょうし」

「そうね……。何度か誘われたけど、気が乗らなくてね」

「……腕を掴まれるのが怖いんですよね」


「……」


 所長は何も言わない。

 所長とラブホに行った時に相談されたこと、所長のトラウマの根元のような所の部分だ。

 俺と抱き合った時に解消された感じだったが……実際は解消されていなかった。

 もしくはその元凶だけが嫌だったか……。


「そんな人と一緒にいて所長は幸せになれるんですか?」


「……幼馴染ってさ」


 所長は続ける。


「幼馴染は愛し愛されないとダメなのよ」

「所長は……それは」

「私が幼馴染モノのラブコメを書き続けるわけ、前に言ったわよね、幼馴染同士が結ばれて欲しいって」

「はい……」

「私自身がそれを望んでいるの。だから……私は義昭と結ばれる」

「でも! それじゃ……幸せになれないかもしれないじゃないですか」

「うふふ、そうかもね」


 所長はぐいっとカクテルに口をつけた。


「私は大丈夫よ。本当にダメだったらすぐに離れるし……。陽葵の時とは状況が違う。花村くんもそんなに心配しなくて大丈夫よ。2000万の借金があるわけじゃない」

「でも宮永さんはプロポーズするって言ってます! ……所長は受ける気なんですか!」

「……うん、どうしよっかな。別れても×がイチ付く程度でしょう? いいんじゃない」

「そんな……」


 所長は宮永さんがプロポーズすることを受け入れてしまっている。

 幼馴染同士は結ばれなくてはならない。そんなことのために一生を決めようっていうのか! 幸せになる可能性が低いのに!

 だったら……。


「俺だって幼馴染です」

「え?」

「宮永さんとの縁が幼馴染であるなら……俺とだって幼馴染のはずだ」

「花村くん……」

「あの時みたいに飛鷹って言ってください! 俺だって……姉さんって呼んでやる!」


 俺は姉さんの手に触れた。


「俺は宮永さんの所に行って欲しくない! 同じ幼馴染というのであれば俺の側にいて欲しい!」


 無茶苦茶な暴論だが……俺の想いを吐いている。

 姉さんは驚いたような顔をし、目を伏せる。


 そうして口が開いた。


「私はね……」

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