124 上司で幼馴染で大切な姉さん②
「今、何ていいました」
俺はもう一度宮永さんに問う。
宮永さんは再び空を見上げた。
「凛音と俺は幼馴染同士なんですよ。隣に住んでいて、小学校の頃からずっと一緒に育った……ね」
「……」
「あいつ、子供の頃から可愛くてね。小学校の頃からみんなの注目の的だったんです。いろんな男子から恋心を向けられていて、でもあいつの側に俺がいたんです」
そう、それが幼馴染。
所長の実家の隣に住んでいて、子供の頃から一緒に育ったと聞いている。
「気持ち良かったですよ。凛音はずっと俺の側にいて……。他の男達はみんな俺を羨ましがりました」
まぁそうだろう。
所長ほどの美女、いや美少女を常に側に置く、それは男として優越感を持てるもの。それはよく分かる。
でもなぜだろう、宮永さんの口から凛音という言葉が漏れるたびに無性に腹が立つのは……。
「でもざまぁしたんですよね」
「ええ、ざまぁなんて言葉で片付けるのはちょっと短絡なんすけどね。俺もあの時は若かった。凛音に好かれていることに驕ってちょっと驚かせてしまったらね」
「ちょっとって! ……所長はそのことで相当傷ついていました。10年経つ、今でも苦しい想いをしています!」
「へぇ、案外もろいんだな」
「それだけですか!?」
「怖い顔しないでくださいよ、花村さん。あんた……もしかして凛音のことが好きなの?」
「……尊敬しています。俺にとっての理想の上司でありチームの一員として支えたい方です」
「ふーん」
興味なさそうに宮永さんは呟く。
「どちらにしろ凛音は俺の所に来たんです。毎日、毎日世話焼きに来るの知ってます?」
「毎日!? もしかして所長が疲れた顔をしているのって!」
「俺が前にいった通り寛大な心で接したら元サヤに戻りましたよ」
「そんな言い方……。富士にいる宮永さんのお世話をしているからだったんですね」
浜山の中心街から富士までは高速を使ってでも1時間半以上はかかる。
それを毎日やっていたのなら疲れても仕方ない。
「すみません、もし良ければ宮永さんからも控えるように言って頂けませんか。このままだと所長が倒れてしまいます」
「嫌ですね。せっかく快適な生活になったのに、嫌に決まってるじゃないですか」
「えっ!? 何を言って……」
「そんなの凛音の勝手だろ。あいつが何しようなんて自由ですよ」
「所長の好意をそんな言葉で片付けちゃうんですか!?」
「ま、俺からすれば世話させてやってるんだから当然でしょう」
こ、この人は……。普通そんな発想になるか?
もしかして所長を支配している気になっているのか。だからこんなにも言葉遣いや性格が横暴になってしまったのか。
10年前……所長と傷つけた時に反省すらしていなかったというのか。
ダメだ。何を言っても話が通じるとは思えない。
……この人は自分のことしか考えてない。
「今日はこの辺にしておきましょう。んじゃ花村さん、俺の女に宜しく」
「っ!」
「釘は刺させてもらいますけど、手は出さないでくださいよ。あいつ、体はまだ許してくれないんすよねぇ」
宮永さんは手を振って俺の元から立ち去っていく。
俺は立ちこめる怒りを抑えて俺が営業車へ戻る。
あぁ……腹が立つ。ビジネスパートナーに対してあんな態度を取ってはいけないんだが……我慢できなかった。
くそ、なんで俺は気づかなかったんだ。
浜山出身で所長と同い年で幼馴染をざまぁしたって言葉を聞けば知ることができたはずなのに。
思えば所長も宮永さんの名前に拒否反応を示して、あまり詳細を聞こうとしていなかった、名刺も見ていなかったはずだ。
その時は同一人物だとは思ってなかったんだろうけど、潜在的に宮永さんの名を拒否していたのだろう。
「あああああ、腹が立つ!」
俺の尊敬する美作所長を物のように扱うなんて!
所長を愛してくれているなら所長を想う同士で話ができるはずなのに、俺は宮永さんに嫌悪な気持ちを持ってしまった。
くそ、どうする。
そんな時、俺の会社携帯に着信が鳴る。
「あぁ、イライラしてる時に!」
それは仁科さんからのコールだった。俺は苛立つ気持ちが抑えられぬまま取る。
「はい、花村です」
「仁科です。花むっちゃん、忙しい所ごめん。打ち合わせ終わった?」
「ああ……、ちょっと嫌なことがあってね。仕事の件は問題なく終わったよ」
「そうなんだ……。何があったって……それは後でね!」
「ん?」
「所長が体調不良で倒れちゃったの!」
「え」
◇◇◇
それから俺は車を走らせて、浜山の事務所まで戻った。
所長は事務所で熱を出して倒れてしまい、本人の希望で一人暮らしの自宅ではなく、所長の実家に運ばれることになった。
ただの体調不良であればご家族にお願いするのが筋だが、今回の宮永さんの件もあり、いてもたってもいられなくなり……俺は所長の実家へと向かう。
所長の実家の住所は母親同士のやりとりで分かっていたため日が沈んでしまったが伺うことにした。
「あら、飛鷹くんじゃない」
「お、お久しぶりです」
家にはあのお見合いの時に出会った所長のお母さんがいた。
現時点ではまだ所長と俺が同じ会社の所員であることをお母さんは知らないらしい。
「もしかして凛音の風邪の件、知ったのかしら」
「はい、夜分にお騒がせて申し訳ないと思うのですがいてもたってもいられなくなって」
「うふふ、良いわよ。部屋にいるから上がっていきなさい。熱も下がったから普通に喋られると思うし」
「ありがとうございます。あ、これ……富士の方に今日出張だったのでお土産にどうぞ」
「あら、ありがとう。ミホニのお菓子ね。飛鷹くんいいわねぇ、凛音を嫁にしない? あの子、全然いい噂が出てこなくてねぇ」
「え、えーと」
この感じ、所長が宮永さんの所に行っているのは知らないのか。
ということはこの家の隣が宮永さんの実家でもあるんだな……。
鉢合わせすることはないと思うが……気をつけないと。
「階段を昇った先に凛音の部屋があるから」
「分かりました、ありがとうございます」
ふぅ、何か緊張してきた。
やっぱり熱出たその日にお見舞いで実家に行くって意味ありげだよな……。
でも心配で仕方なかったんだ。
……よし、行こう。
階段を昇った先で灯りが見える部屋。
俺は扉をノックした。
「いいわよー。入ってきて」
俺はガチャリと扉を開けた。
「おかあさーん、汗かいたから体拭いて。それでさ」
「……」
扉を開けたら服を脱いで、下着姿の所長の姿があった。
「花村くん!? いやあああああああ!」
やばい、鼻血出そう。