123 上司で幼馴染で大切な姉さん①
11月が過ぎて、外の道を歩いても汗をかかなくなる心地よい季節となった。
こうなってくると外回りのストレスも軽減されることになり、力強い営業活動をすることができる。
最近調子がいいなと感じる。
盆休み前に大きなミスを犯してからは己の力を過信せずにまわりを助け助けられるように立ち回るおかげで仕事もスムーズにいくようになった。
創作活動の方は相変わらず伸びがすごい。
ただお金が入ってくる分、俺の休みはどんどん削られるのがつらい。シルバーウィーク? そんなものはなかった。
まわりのみんなも絶好調だ。
「陽葵ちゃん、伝票もらってきたよ」
「分かりました。処理しますのでこの見積を先方に持って行ってください」
「OK。中身も大丈夫だね。ふふ、陽葵ちゃんも一人立ちするまでもう少しだね」
「そうですね。来年には本格的に外に出ると思うので……頑張ります!」
仁科さんも陽葵も精力的に活動している。
陽葵も少しずつ外に出るようになり、事務所の若手衆の活躍が目に見えてくるようだった。
しかし、問題点が1つ。
「はい……、分かりました」
美作所長の覇気のない声が響く。
そう、所長が絶賛絶不調だったのだ。
陽葵が外に出る分、誰かが中にいなければならなく、所員のコントロールの意味合いもあって所長が中にいることが増えたのだが……どうにも疲れているように見える。
あの横浜出張もそうだけど、何か悩みでもあるんだろうか。
完璧だった所長のワークにほころびが見え始めた。
俺達もそれは分かっていたので出来る範囲で所長のフォローにまわってたりする。
フォローにまわってから分かったことだが、かなりミスが増えていたのだ。
秋が始まるまではこの人マジ最強だなって感じだったのに……いったい何があったんだろうか。
「はぁ……」
物憂げな顔も美しいがそれは表面上でしかない。
所長の美しさはバリバリ仕事をしてその小さな体で俺達を引っ張っていく所が一番なんだ。
「所長」
「な、なに……花村くん」
「顔色が悪いですよ。……大丈夫ですか? 俺、すっごく心配です」
「……」
所長が胸を苦しそうに押さえる。
「大丈夫よ。あなたは他の子に目を向けてあげなさい」
その言葉は何か別のニュアンスを指しているような感じだったが、それを問う気はない。
ただ俺は所長が心配だった。
「ですが!」
「いいから! あっ……もうこんな時間。今日は上がるわ」
時刻は定時を過ぎていた。
所長は通勤バッグを持ってタイムカードを切りいそいそと退社していく。
最近、定時後の創作もしていないし、WEBサイトで投稿もしていない。
いったい何があったんだ。
「所長、大丈夫でしょうか」
陽葵は心配そうに立ち去った所長の跡を見ていた。
「あたし達……力になれないのかな。所長にはいっぱい手助けしてもらってるのに……」
「うん。でも立場上、部下で年下の俺達では難しいのかもしれないな」
上役は孤独と言われることがある。
特に所長のように仕事ができる上司にはまわりの事業所からも相談の電話が舞い込んでくる。
所長は中部地区で最も仕事ができる人間として認識されているのだ。部長陣ですら意見を求めてくるくらいだからな……。
ゆえに所長が相談できる相手……、それは皆無に近い。
「俺達にできることをやろう。俺達はチームなんだから」
先行きに不安を抱えながら、仕事を進める。
◇◇◇
今日、俺は富士市にあるJ社の方に来ていた。
案件が少ないために月2回程度しか訪問していないが、関係を繋ぐために理由を作って会いに来たり、ここを起点に他の企業へ営業活動しに来たりしている。
J社の担当である宮永さんと水口さんと打ち合わせを行う。
「では依頼頂いたお見積を宜しくお願いします」
「はいはーい、購買に回しておきますね」
「ちゃんと中身は見るんだぞ」
「分かってますよ」
新担当の宮永さんと打ち合わせ回数はそれなりに増えてきたが、全て前担当の水口さんと一緒に行っている。
何というか宮永さんの会社での扱いが見えてくるようだった。
仕事がまったくできないわけではないんだが、信用がないようで……水口さんが口をすっぱく注意をしていた。
他にもいろいろやらかしてるっぽいな。
ま、他社の俺には言えないだろうけど。
あ、そうだ。
「水口さん、この間……お土産ありがとうございました。所員全員で食べさせてもらいましたよ。みんな大絶賛でした」
「ははは、喜んで頂けたのであればお渡しした甲斐がありました」
前回、打ち合わせの際に水口さんからお土産のぶどうを頂いていたのだ。
持ち帰ってみんなで食べたらあまりに甘くて美味しくてとろけそうだった。
「あのぶどうはどこで入手したものなんですか? 所員達も購入したいと言うくらいですからね」
「実家の農園のものなんですよ。私の家でもあるんですけどね。是非ともご贔屓に頂けると」
「本当ですか! 今度買わせて頂きます」
あのぶどうは美味しかった。ぶどうの収穫時期って秋前だっけ。今のうちに食べておかないとな。
さてと今日の打ち合わせも無事に終わったので失礼させてもらうとしよう。
「花村さん、ちょっといいっすか」
そんなタイミングで宮永さんから声をかけられる。
確認したいことがあるってことで外の方まで連れてこられた。
かかってきた携帯で忙しく電話を始めた水口さんに一礼をして、宮永さんと行く。
人通りのない、建物の影の休憩所、宮永さんは空を見上げた。
「今日いい天気っすね」
「ですね~。今週はずっと晴れのようですよ」
宮永さんが電子タバコを手に取る。
「花村さんはタバコを吸わないんでしたっけ」
「ええ、吸ったことないですね」
宮永さんが俺を見てにやりと笑う。
何だろう。いつもはそんな感じはしないのに……その笑みには嫌さを覚える。
「ククッ、そっすか」
初めて会った時はそうでもなかったんだけど、最近の宮永さんは何か自信に満ちあふれているような気がする。
言葉遣いも荒くなったたし、口数がすごく増えた。
ただ……あんま仕事できないのは変わらないんだよな……。そこも自信持ってくれると助かるんだが。
ん? そういえば宮永さん、身なりがかなり綺麗だな。今まではしわくちゃの仕事着だったのにパリッとしている。
宮永さんに何かあったのか。
「何か良いことあったんですか?」
「そっすね。実はね」
宮永さんが自慢げに喋る。
「女が出来たんすよ」
「へ? 恋人ですか? お、おめでとうございます」
「まぁ、昔のサヤに戻ってきただけなんすけど」
あ、もしかして例の幼馴染ってやつかな。
ざまぁしたって言ってたから戻ることはないと思ってたけど。
「あ、だから服の皺とかも綺麗にされてるんですか? ちょっとパリってしてますもんね」
「ええ、そうっすね」
宮永さんは前のめりにまるで忠告するように腰を据える。
「だからね、花村さん」
「は、はい」
「俺の女……。いや、美作凛音にあんまり近寄らないでもらえます?」
「え――」
その突然の言葉に一瞬、頭が真っ白になった。