122 (美作視点)出張先で彼女と⑨
何だかすごくもやもやする。
私は間違ったことをしていないはず。
浜山セールスオフィスの所長として最善は尽くしているし、経営的な面の成果は申し分ない。
上層部からは昇格の話もあり、浜山だけでなく中部地方を全部を見るか、東か西の大きなセールスオフィスに転勤するかどっちかの話も出ている。
なのにこの心が物足りない気持ちはなんだろう。
盆休みに彼とラブホに行って、言葉を交わしてから一層気持ちが強くなったように思う。
でも私は所長で姉だから……表に出さないように上司の立場として接し続けた。
胸が痛くなったのは……陽葵の件があってからだろう。
陽葵が辞めなくて本当に良かった。それは間違いない。
でもそこから陽葵が家事代行として彼の家に通うになってから心のバランスが崩れ始めたような気がした。
陽葵の思惑はSNSチャットで話して女性陣全員が知っている。
借金の返済を理由に彼の側に居続けてることで私達を牽制している。
あの子ったら。
「花村さんがみなさんの誰かを選ばれるのであればわたしにとっても雇い主の恋人になるわけで……奥様って呼ばせてもらいますね」
そんなことをぬかした。
彼にアプローチしても陽葵というコブ付きが常に彼の家にいて邪魔をしてくるのだ。
これはなかなか厄介と言えるだろう。
ただ陽葵にとって誤算だったのは側にいて彼を落とす計画だったのにまったく襲ってくれないことだった。
最初は愚痴ってた陽葵も特殊プレイに身が染まりちょっと変態チックになってきたのは上司として心配すべきだったのかもしれない。
そんなこともあり、しばらくはそのまま……そう思っていた。
横浜出張も2人で行って、夜に美味しいお店でたくさん話したい……そう思っていた。
……浅川茜さんと会うまでは。
茜さんが彼に好意を抱いてるのは知っていた。
葵さんの代わりにデートをしたのは知ってるし、それからも私がS社に行くたびに私の姿を見て残念そうな顔をするのも見ていた。
彼じゃなくてごめんなさいってからかうと声が上擦って動揺するのが可愛らしかった。
そんなビジネスパートナーで趣味のライバルの彼女を助けてあげたくなってしまった。
新横浜駅で彼が横浜工場に行くと知った時の茜さんの顔を見て、私は彼と配置替えをして、横浜工場へ行くことにした。
茜さんの恋路を応援したくなったのだ。
だから飲み会も2人きりにさせてあげた。
2人の邪魔をしないように仕事と割切って誘われた飲み会に参加して、つまらない話で場を湧かせる。
口説かれたり、番号を聞かれたり、二次会もしつこく誘われたけど何とか断ってホテルへ戻ってきた。
「え? 予約を変えた?」
「ええ、予約を美作様に移して、お客様はどこかへ行かれたようです」
彼が電話してきてくれた時の口ぶりだとホテルの予約は空いてるものだと思ってたいたのに彼が気を利かせて自分の予約をすり替えたらしい。
そんな優しさに胸が少しだけ温かくなる。
……二人の行く末とか考えてるから予約を忘れるミスなんてしちゃうの。しっかりしろ私。
向かいのウルトラホテルはすでに埋まっている。彼はどこで泊まってるんだろう。
電話をした方がいいかしら? でも23時を過ぎた時間に電話はすべきじゃない。彼は優しいから取るだろうけど……。
彼も大人だ。きっとどうにかしているだろう。もし彼が疲れているなら率先してフォローしないと……。
彼に会えないまま一晩が過ぎる。
次の日の朝、ホテルをチェックアウトした私は衝撃的なものを見た。
同じホテルで彼と浅川さんが仲睦まじく食事を取っていたのだ。
もしかして、もしかして……私は慌てて、ウルトラホテルに入り、2人の所へ行く。
「美作さんが花村さんとラブホに行った時とまったく同じ状況で、花村さんと一緒のベッドで夜を過ごさせてもらいました」
やっぱり茜さんと彼は同じ部屋で一晩過ごしていた。
ホテルの一室で過ごしたことがあるのは私だけだったのに……そんなふざけた想いが頭をよぎる。
私はすぐに頭を振って邪念を打ち消し、茜さんと一緒になって彼をからかった。
でも内心は不安でいっぱいだった。
なんでこんなに不安になるの。茜さんと彼の関係を進めようとしたのは私なのに。
帰りの電車の中でも茜さんと彼は睦まじく話す。
それは本当に理想的な男女の姿で……まるで私が書くラブコメ作品の主人公とヒロインのような姿。
彼の楽しそうな姿と茜さんの明確な恋心が見えて……強く心が揺さぶられる。
羨ましいなんて思っちゃだめ。私は上司で姉……のような存在。若者達を導くのが役目。
茜さんだってお客様とはいえ年下なのだ。私の部下がお気にいりとなるのであれば会社にとってもメリットとなる。
だから……だから。
帰りは彼の車で送らせた。
私が送っても良かったんだけど……それが良かったと思った。
「美作さん、本当にいいのですか?」
見破られている。茜さんに見破られているんだ。
でも……それ以上何も言うことはできなかった。
私は自家用車の中でしばらく動けずにいた。
私はいつのまにか……彼を……花村くんを好きになっていたんだと今になってようやく自覚した。
陽葵のように積極性もなく、茜さんのようにお似合いな姿をまわりに見せつけられもしない。
私は彼にとって上司で姉でしかないのだ。
沈んだ気持ちで運転し、実家に帰ってきた。
明日は土曜日だからいつも通り親のすねかじって過ごそう。
そして月曜日からはこの想いを封じ込めて、彼と接しよう。
先週茜さんとどうだったとまるで姉のようにいじわるっぽく聞くのだ。それでいい。
私が彼のことを好きであることを告げる必要なんてない。
「あ~あ」
何で私が我慢しなきゃいけないんだろう。
私、28よ。他の女の子はまだまだ年齢的にも余裕があるじゃない。陽葵なんて22歳なんだし……。
人生勝ち組のはずなんだけどなぁ。
仕事もお金も不自由のない、才覚にも美貌にも恵まれている。
なのにどうしてこんなに恋愛に関してだけは不器用なんだろう。
やりなおすことができれば……、やりなおすことさえできれば私は……今度こそちゃんとした恋ができのかしら。
少し肩を落として実家の門を開く。
その時、声が聞こえた。
「凛音」
私の名を呼ぶ声が聞こえ、そちらに目を向ける。
そこには同い年の……記憶よりも随分と老けてしまったあの男がいた。
「凛音久しぶりだな……」
「義昭」
あれから10年、私を捨ててから関係を絶っていた宮永義昭がそこにはいた。